story6 忘れられた魔女 6

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 ──こんなものではない。
 気の遠くなるほどの長い年月、求めてきたものは。
 もとより、自分は何も望んでなどいなかった。
 ただ共に、……共にあることを願っただけなのに。
「その結果が、これ」
 くっと笑みをこぼし、セリーヌ=エリアントは天井を仰ぐ。足下には赤い花々。天井だけは室内であることを隠しきれない姿で、まるで自分のような不完全さだと、嘲った。
 あれほどに胸を焦がし、求め、望み、そうして手中に収めたものは、なんという小ささだろう。
 罰なのだとしたら、許しを請うことにも飽きてしまった。懺悔など、もう遠い昔の記憶だ。
 そんなものは通り越した。
 耐えて、耐えて、やっと、行き着いたと思ったのに。
 もう、自分の求めるものが何なのかさえ、わからない。
 植物の蔦の這った椅子に腰かけ、ゆっくりと足を組む。赤い地面と、黒い髪と、赤い爪とが、作り物のようにくっきりとしたコントラストを生み出す。
「さあ、せめて楽しませて」
 何もない空間を見つめ、心にもないことをつぶやいた。


 自室に戻り、悠良は資料を鞄に入れ、白い上着を羽織った。窓が閉まっていることを確認し、さらに分厚いカーテンを閉める。
 遠慮がちに扉が開き、莉啓が部屋に足を踏み入れた。
「何をしているの」
 振り向きもせず、容赦ない言葉を投げる。ためらうような気配のあと、莉啓の固い声が発せられる。
「──なぜ、死神と?」
「理由が必要かしら」
「悠良、俺たちは、死神ではない」
「そういわれる事実はなくならないわ」
「……っ」
 言葉を続けようとするが、うまくいかない。莉啓にとっては、自分の存在がなんであろうと、そんなことはどうでもいいのだ。ただ、悠良が──目の前の、気丈に見えて脆い、守るべき人物が、そのように自分を責めるようなことを口にすることは、いいようもなく、我慢ならないことだった。   
「ごめんなさい」
 ふっと半分だけ振り返るようにして、悠良は莉啓の目を見た。
「ただ、見方によってはそれは事実だと、思うだけよ」
 そうして視線を戻す。
「……悠良」
「早くレグのところへ戻って、莉啓。私はお母様に会ってくるから」
 異を唱えることを許さない口調だ。莉啓は今更ながらに、悠良が外出着であることに気づいた。
「上へ?」
「ええ、すぐ戻るわ」
 すっと、右手を挙げる。手のひら全体で円を描き、最後に、軽くノックをするように手を振る仕草。澄んだ鈴のような音がして、ベッドの上であるはずの空間に、重厚な扉が現れた。それからはもう、言葉を残さずに、扉をくぐる。
 赤い髪が、扉の向こうに消えた。同時に、泡が溶けるように、扉がかき消える。
「気をつけて」
 聞こえていないかも知れなかったが、そう投げかけて、莉啓は部屋を出た。
 いま自分のすべきことは、悠良のそばにいることではない。

 階下に降り、ちょうど食堂にいたカタリナに気を落ち着ける茶を依頼して、莉啓は食堂を見渡した。人影はまばらだ。情報収集をするのだとすれば、怜がやるように、町の酒場や雑多な店を回るべきだろう。ただしそれは、自分の得意とするところではない。
 もとより鋭い目をさらに細めて、嘆息する。せめて翠華が味方につくというのなら、やりようもあるのだが。
「難しい顔して。何かありました?」
 金のポニーテールを揺らし、トレイに紅茶と、気を利かせたのかスコーンとを乗せ、カタリナがやってきた。
「失礼、たいしたことでは」
 トレイを受け取り、去ろうとして、思いとどまる。
「あなたは、レグとは昔からの知り合いなんですか?」
 カタリナは目をまたたかせた。
「レグ? いや、フィエスタの人手不足のときに、カンパニーに依頼したのが最初だから……そうだね、かれこれ一年ぐらいの付き合いですかね。それからはカンパニーを通さなくても時々遊びに来て、ついでに手伝ってくれるんですけどね」
 レグがどうかしたのかと、逆に問われ、莉啓は言葉に詰まる。理由などないのだ。ただ漠然と気になった。
「あの子がともだちといるところなんてさ、見たことないんですよ。お客さん、旅の途中だろうけど、相手してやってくださいね」
 笑みを返し、茶の礼を述べると、莉啓はレグの部屋へと向かう。
 もう少し上手に、いろいろ聞き出す方法もあるのだろうが、やはり自分には向いていない。ここは怜の帰りを待とう、などと決意を新たにする。
 ノックをすると、数秒経って戸が開かれた。どこか浮かない様子で、レグがノブを手に莉啓を見上げる。
「協力すると、約束したな」
 だから入れろと言外にいっている。部屋に通し、レグは莉啓にチェアを勧めると、ベッドに腰かけた。
「落ち着いたか?」
 ついさっき、事情を聞いたばかりだ。レグもずいぶん感情的になっていた。紅茶を受け取り、うなずく。
「……、ごめんなさい」
「何を謝る。何も悪くない」
 でも自分は逃げてきたのだ──胸を締め付ける思いを飲み込むように、レグは熱い紅茶をむりやり口に運んだ。
 探るような沈黙。莉啓は言葉を選び、口を開いた。
「確認しておかなくてはならないことがある」
 レグの目を見る。もしかしたら、いまいうべきことではないのかも知れないが。
「カンパニーにいる、共に暮らしていた仲間を助け出したい、といったな。それが意味するところを、理解しているか」
 レグは空のカップを手にして、うつむいたまま、動かない。それが肯定であることを意味していたが、それでも莉啓は続けた。
「逃がす、というのは、不可能だ。戻すだけだ……あるべき姿に。後悔は、しないのだな」
「……わかってるよ、大丈夫」
 自分にいいきかせるような、重い声。
 そうか、と莉啓はつぶやいた。
 これ以上何がいえるだろう。彼にとってそれは、相当に大きな決意であるはずだ。
「では、建設的なはなしをしよう。こちらとしては、向こうの情報は出来るだけ知っておきたい。セリーヌ=エリアントについて知っていることを、なんでもいい、教えてくれ」
 レグは顔を上げ、とまどったような表情を見せた。ためらうようにして、首を左右に振る。
「でも、ぼくは何も知らない……。ぼくはもともと、捨て子だったんだ。物心ついたときにはセリーヌがいた。親代わり、ではないけど……うん、保護者として、かな」
「では、当初から?」
 歯切れの悪いいい方に、莉啓の眉がかすかに動く。
「わからないよ。でも最初から、仲間は周りにたくさんいた。そうだ、たぶんあのころにはもう、始まっていたんだ……」
 目を閉じたレグの目に、幼いころの光景がよみがえった。働くことは当たり前として、強いられてはいたけれど、疑問を持つこともなければ辛いと思うこともなかった。何より周りにはともだちがたくさんいた。セリーヌも、優しかった。
 いや、いまでもたぶん、優しいのだ。
 自分が逃げ出しさえしなければ。
「カンパニー、っていう名前になったのは、たぶんここ最近だと思う。五、六年かな。それまでは名前はなかった、仕事はしていたけど。この町に来たのだって、そんなに昔のことじゃない。転々として、どの町でも同じようなことをやったよ」
「……そうか」
 莉啓の──といっても怜の調べたものだが──調査によれば、カンパニーの屋敷が出来たのが五年前。近隣の町では、それ以前に活動があった。そのときは、カンパニーと名乗ることもなく、拠点となるような屋敷を建てることもなかったらしい。
「君の知る限り、最高権力者にあたるのはずっとセリーヌ=エリアントか?」
「うん、そう。というより、セリーヌの近くで他に偉そうな……力を持っていそうなひとは、いままで見たことがないよ。働いているのはぼくみたいな子どもばかりだし。ほんとに最近になって、緑色の髪の人を、見るようになったぐらい」
 翠華のことだ。だが彼のことはいまはどうでもいい。
「……こんなこと、知って、どうするの?」
 考え込んでしまった莉啓を見上げるようにして、レグが問いを口にする。莉啓は数秒の沈黙のあと、うっすらと笑顔を見せた。
「十分役に立った、ありがとう。元凶を絶たないと、意味がないんだ……情報は、多ければ多い方がいい」
 すっと頭を撫でる。
 何かあれば、すぐに来るよういい残し、莉啓は部屋を出た。
 細工を施しておいた。そう遠くに行かない限り、レグに近づく者があれば、察知することが出来る。
「だが……結局、理由についてはわからずじまいか」
 小さな声でもらして、きゅっと拳を握りしめた。




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