story6 忘れられた魔女 11

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 考えたことが、ないわけではなかった。
 ともに暮らしてきた仲間が、本当は皆、死んでいるのだとして──では自分は何なのだろう、と。
 だが、いくら考えても、わからない。自分には、過去に死んだ記憶などない。しかしそんなものは、仲間たち全員が、持っていないものなのかもしれない。
「わからないよ……」
 ひとり、部屋のなかで、レグは思考を巡らせていた。窓から入る日差しすら、作り物のような気がして、カーテンも閉め切る。
 たとえば、死んでいるとして。
 胸をつかんだときに伝わる、この鼓動は何なのだろう。
 ひとと触れたときに感じる、思いは何なのだろう。
 いまここにいる自分は、いったい何だというのだろう。
「生きていることと、死んでいることは……何が違うの」
 レグの頭は混乱を始めていた。
 いまここにあることを否定することは、間違っていることのように思えた。 

 苛立ちを押し殺し、一歩一歩ゆっくりと、セリーヌは歩を進めた。
 街道を迂回し、屋敷の南から東に広がる、広大な敷地へと足を踏み入れる。自然公園、と書かれた札を、ひどく冷たく一瞥した。何が自然。
歩き慣れた道を行く。この木々も、草も花も、何もかも自ら作り上げたものだ。それがどうしたことか、いまは少しも心地よくない。
 やがて、花畑にたどり着いた。セリーヌの屋敷にある花畑よりも、はるかに広い。眼前に広がる深紅の赤い花。その中央まで進み、立ちつくして、セリーヌは力が抜けたように、へたりと座り込んだ。
 何をしているのか。
 自分は何をしているのか。
 長い年月をかけて得たものは、少しも自分を癒さない。
 こんなはずではないのだ。
「立派なおままごとだね──楽しい?」
 風のなかから、声がした。見上げても、空しか見えない。それでもこの声には、聞き覚えがある。
「……つけてきたの。暇な男ね」
「無職だからさ、雇ってもらえなくてね」
 ひとつの木から、棒を利用し、怜が降り立った。距離を保ち、こちらを見ている。
 宿からずっと、尾行してきたのだろう。気配にまったく気づかなかったことに、苛立ちを覚える。
「おままごとって、どういうことかしら」
 座り込んだまま、怜を見上げるようにして、セリーヌは問いを口にした。
「わかってるでしょ? 自分好みの箱庭のなかで、ひとりで遊ぶ感想を聞いてるんだ」
 セリーヌは怜を睨みつけた。悪意のこもった目だ。つくろってきた笑顔が、うまく機能していないことなど、もうどうでもよかった。
 失礼な男だ。
 誰よりも自分が思い知っていることを、突きつける。
「生き物の気配のない『自然』公園、生きている人間のいないお屋敷……立派だね、望むのなら、そこでずっと過ごせばいい」
「望むのなら?」
 セリーヌは艶笑した。
「こんなものは望んでいない」
「じゃあなにを望む」
 風が吹いた。長く艶やかな黒髪が舞い上がる。
 なにを望むのか、などと、それこそ愚問だ。
「最初から、望むものはひとつよ」
 感情の消えた顔で、セリーヌはつぶやいた。

 悠良の作り出した扉をくぐり、莉啓は天界へと向かった。天女に、セリーヌ=エリアントとレグの件をもう一度確認するためだ。
 三人のなかで唯一天界への扉を操ることの出来る悠良は、疲れるからどうしても嫌、と天界行きを拒否。そうなると、悠良を中心として世界を回している莉啓が、断れるはずもない。
 怜も、いつのまにか姿を消している。ひとりでいることなど珍しい、などと思いながら、悠良は自室で、レグから聞き出した名前のリストを広げた。
 カンパニーで共に暮らしていたという、仲間の名前だ。そのひとりひとりと、資料の名とを照らし合わせる。
 過不足なくすべて一致。ということは、一致しないのはセリーヌとレグだけということになる。
 ふと、笛の音が聞こえた。悠良は身を起こし、窓を開けた。
「いらっしゃい」
 空に向かってつぶやく。少しの間のあと、ぞろりとした衣装を滑り込ませるようにして、翠華が入ってきた。
「なんかおもしろくないな、それ」
 相変わらずの浮世離れした姿で、子どものように口をとがらせる。風が入るので、悠良はすぐに窓を閉めた。
「怜ならいないわ」
「いいよ、用があるのは悠良嬢だ。あ、術士は問題外ね」
 座る気はないのか、そのまま壁にもたれる。意外な言葉に、悠良も立ったまま、彼に向き直った。
「何の用」
「僕と手を組もう」
 率直にいう。悠良はため息を漏らしながら首を左右に振った。
「利害が一致するなら、考えるわ。順を追っていいなさい」
 突っぱねられることも覚悟していたので、翠華は小さく眉を上げる。切り口を探していると、先に悠良が問う。
「まずは、あなたの目的を教えて」
 気の強いお姫様だ。翠華は少しだけ笑った。
「もちろん、悠良嬢たちと一緒さ」
「最終的にはそうなのでしょうね。でも、納得がいかないわ」
「なるほど」
 悠良のいい分もわかる。翠華は悠良から視線をはずし、天井を見上げた。
「見てみたいと思ったんだ、あの女の行き着くところをね」
 その言葉に、悠良は失笑する。
「だから、彼女に協力を?」
「別に協力なんてしてない。もちろん、死者をいじるようなことを許す気もない。だから、いい方法を提案しようと思ってね」
 翠華は静かに、その方法を告げた。悠良の表情が、険しいものに変わる。
「……それが可能だとは思わないけれど。もしも失敗したら、大変なことになるわ」
「大丈夫、次期天女様の実力は現天女のお墨付きだって有名だよ」
 あのひとの評価など、それこそ当てにはならない──悠良は腕を組み、押し黙る。
 協力し、思惑どおりにいったとして、果たしてそれが何になるのか。
「魂を認めさせないと、むりやり回収はできない。俗にいう、未練を断ち切れっていう鉄則だよね。それとも、悠良嬢、他に何か方法が?」
「……だからといって」
 言葉が見つからない。しかし、翠華のいっていることはむちゃくちゃだ。
 翠華は正面から、悠良を見据えた。
「あの女は、理想を追い求めている」
 いいたいことを掴みかね、悠良も彼を見る。その表情の奥にあるものは、読み取れない。
「どうやってもそれが実現しないのだと知れば……認めるさ。魂が、ここにいてはいけないと」         
 悠良は、大きく息をついた。
 確かに、このままでは何も進展しないのは確かだ。
「いいわ」
「その代わり約束してあげる、悠良嬢に危害が及ぶようなことはないってね。怜に怒られるのは嫌だもんな」
 真意の見えない笑顔を見せ、翠華は笛を口元に運んだ。
「じゃあ、行こうか」
 旋律が流れ出す。
 二人の身体は、ふわりと宙に浮いた。




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