Elixir
第三章 医師団 3



 治療院には、ほかに誰もいなかった。
 ロイスはこのまま治療院を利用することを提案したが、キルリアーナは冗談じゃないとそれを拒否。こんな場所では落ち着いて眠ることもできない。いつ誰が来るかわからないのだ。
 結局、処置を終えたセリウスをロイスが背負い、二人は宿を探し歩いていた。
「もう、どこでもいいじゃないか。君はいちいちこだわるな。町がこんな状態では、賞金稼ぎもおとなしいと思うがね」
 日の隠れた町を歩きながら、ロイスがいう。彼は先ほどから、どうも棘のあるいいかたをする。
 ロイスのいうとおり、町に人影はなく、相変わらず赤い鳥が屋根の上にいるぐらいだった。一晩ぐらいならどこに泊まろうと問題ないだろう。しかし、こんな状態だからこそ、宿そのものが営業しているかどうか怪しいところだ。
「一応、あてがあるんだよ。つーか別に、あんたはついてこなくていいけどな」
「セリウスに話を聞きたいといったのは、君だろう」
「だから、用があるのはそっちの弟だけで、あんたはいらないっつってんの」
 正直に告げると、ロイスは黙った。切り返しを予想していたキルリアーナは、拍子抜けしてしまう。
「なんでそう、不機嫌なわけ」
 率直に、気になった。隣を行くロイスは、あからさまに眉間にしわを寄せると、唇を尖らせるようにして、決してキルリアーナと視線を合わせない。
「そんなことはない」
 子どもか。口には出さず、キルリアーナは毒づく。
「あんたの知り合いってのに会えなかったのは、まあ、気の毒だと思うけどよ。また明日にでも、捜せばいいだろ」
 慰めるつもりでそう口にしたのだが、ロイスからの返答はなかった。なおも言葉を探そうとして、キルリアーナは我に返る。どうして気を遣わなくてはならないのか。放っておけばいいだけの話なのに、危うく自分を見失うところだった。ロイスといると、どうも調子が狂ってしまう。いままでほとんど一人でいたのに、こうして行動を共にすることで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。
「あてがあるというのは……つまり、この町での滞在先が、すでに用意できているということか?」
 不機嫌なトーンはそのままに、ロイスがいう。
「なんでそう思う? 意外だな。あんたはそういうの、気づかないタイプだと思ったよ」
「ひとを馬鹿みたいにいわないでくれないか。これでも、いろいろと考えているんだ。ジリアルでも、そうだったのだろう」
 ロイスの声がやや得意げになる。そういえば、彼は前の町での宿を見ているのだ。キルリアーナは納得した。
「ジリアルでの君の部屋には、薬を調合するための器具がたくさんあったはずなのに、それらを持ち出した様子もない。あそこはまるで、隠れ家のようだった。それも、君のためだけの隠れ家だ。それに……」
 ぶつりと、黙る。ロイスは首を振った。
「いや……待て、もしかして、君が自分で手配したのではなく、誰かがあらかじめ、用意していたのか?」
 キルリアーナは素直に感心した。鼻を鳴らして、唇の端を上げる。
 ロイスという人物のことを、基本的には脳味噌の足りない男だと思っていたのだ。
「まあ、そうだな。オレがこの町に来るのは、正真正銘、これが初めてだ。でも宿はちゃんと、あるはずだ」
「サーラという、もう一人のパジェンズの医師が、用意したのか?」
「サーラ?」
 ここでその名が出て来るとは思っていなかった。キルリアーナは目をまたたかせる。
「なんで、サーラが?」
 そう思う根拠でもあるのだろうか。そういえば、ロイスはサーラのことをやたらと気にしていた。
「いや、いまのは間違いだ。忘れてくれ」
 そんなふうにいわれたのでは、余計に気になるというものだ。質問を重ねようと口を開いて、しかしキルリアーナは黙った。
 町の南側、職人通りにさしかかると、さすがに人の気配があった。もう日が暮れていることもあり、通りを歩いているものはいないが、幾人かが窓からこちらをうかがっているのがわかる。閉ざされた町に、小綺麗な格好をした二人組──しかも人を背負っているとなれば、目立つのは当たり前だろう。
 ランセスタの人間がいっていたとおり、このあたりはまだ病に浸食されていない地域のようだ。キルリアーナはロイスに軽く目配せをして、路地に入る。できるだけ人目につかないよう、裏通りを行く方が都合が良い。
「注目の的だね。どちらかというと、敵意を感じるな」
 ロイスも視線には気づいていたのだろう。不快そうな表情ではないものの、そうつぶやく。
「町がこの調子じゃあ、目立たないようにってのは無理だな。ある程度はしょうがねえけど」
「君のいう宿は、この先に?」
「さあ」
 もっともな質問だったが、そう答えることしかできない。キルリアーナは肩をすくめた。
「いったろ、この町に来るのは初めてだ。ただ、町に入ったら南に行けっていわれただろう。オレらはよそ者なんだから、宿もない場所は勧めないはずだ。中心街以外にも宿があるってんなら、そのあたりが怪しい」
「ふむ、なるほど」
 歩き続けるうちに、店の建ち並ぶ区域に出た。キルリアーナの予想したとおり、宿の看板もいくつかある。店はほとんど閉まっているが、開いている店がないわけではない。それが病の影響なのか、それとも単に夜だからなのか──いくら病が流行しているとはいえ、生活していかなければならないのだから、日中は多くが開いているのかもしれない。
「あれだな」
 キルリアーナは、一軒の建物を見据えた。
 店や民家が並ぶなかに、ごく自然にとけ込んでいる。一見して宿だとわかる要素はなにもない。
「ジリアルでも、こんな感じだったかな。どうして、あそこだと?」
「まだ、確証はねえよ。でもたぶん、あれだ」
 ためらうことなく、形ばかりの門をくぐる。ドアにぶら下がっている鐘を、持ち上げた。
 しかしキルリアーナは、それを鳴らさなかった。鐘の下を確認する。まるで隠すようにひっそりと、小指ほどの大きさの石が埋め込まれていた。緑色の石だ。
「む?」
 呼び鐘を鳴らすと思ったのだろう。いつまでも音が鳴らないことを訝しむように、ロイスがドアに顔を近づける。
 わざわざ教えてやる必要もなかったが、キルリアーナは石を指で示した。
「これで、決まりだ。普通なら、呼び鐘を鳴らすのに使われるような石じゃない。まあ、ちょっとした目印だな」
「なるほど。いや、しかし、それでは鐘を鳴らす段階まで確認できないだろう」
 納得がいかないとばかりに、ロイスが不平を漏らす。いよいよ面倒臭くなりながらも、このまま黙っていてもやっかいなことになりそうで、キルリアーナはため息をついた。持ち上げた鐘を下ろし、打ち鳴らす。
「屋根の上に、ミクラの蔦が見えたろ。パジェンズの宿には、あれが絡みついてる。蔦を目印にドアまで来て、この石を確認して、最後に──」
 小さな音がした。鍵が開いた音だ。
 ドアは、向こう側から開けられた。顔を出したのは初老の女性だ。白髪を結い上げた頭をゆっくりと上下させ、女性は警戒するように、来客を睨め回す。
「──管理人に挨拶すれば、それでいい。二、三日、宿を貸してくれ。キルリアーナ・パジェンズだ」
 堂々と、キルリアーナは名乗った。女性は驚いた様子もなく、ただ静かに頷いて、一歩下がって中へと促す。
「どうぞ。部屋は地下になります」
「世話になるぜ」
 キルリアーナにとっては当然のことだった。ためらいなく足を踏み入れ、短い廊下を進む。壁に引っかけられていたランプの一つを手にとって、階段を下っていった。振り返ると、なにやら難しい顔をしたロイスが、遅れてついてきていた。さらにその向こうで、女性が鍵をかけているのが見える。
「……ひょっとすると僕は、なにか大きな勘違いをしているんじゃないだろうか」
 話しかけているのか、独り言なのか、ロイスがつぶやく。キルリアーナはとくに答えずに、地下室へと入った。決して広くはないが、掃除の行き届いた小綺麗な部屋だ。壁際にベッド、その脇には器具の整えられた棚。ジリアルで滞在した宿と、それほど変わらない。
「とりあえず、そいつ、寝かせろよ」
 セリウスを背負ったままのロイスに、声をかける。ロイスはなおもぶつぶつと何事かをつぶやいていたが、いわれるままに、セリウスをベッドに下ろした。キルリアーナは小テーブルにランプを置き、その下にしまい込まれていたイスを引っ張り出す。ベッドの横へと移動させると、足を開いて腰掛けた。
 改めて、セリウスを観察する。
 ほとんど生気の感じられなかった顔は、いまは多少ではあるが赤みが差し、落ち着いた表情で眠りについていた。長い睫毛、ふっくらとした唇。金色の髪はつややかで、手入れの良さを思わせる。見れば見るほど女性のようで、キルリアーナは思わず自分と見比べた。
「あんたの弟は、妹にでもなったのか?」
 眠っているからこそというのもあるだろうが、女性だといわれてもまったく違和感がない。ロイスは上着を脱ぎながら、首を振った。
「初耳だね。そのあたりのことは、詳しく聞いてみたいものだ」
 脱いだ上着をどうするべきか迷ったのだろう、部屋のなかを見渡す。キルリアーナも彼に倣ったが、あいにく、クローゼットのようなものは見当たらない。
「そのへんに、放っとけば?」
 しかしロイスは、結局抜いた上着を再び着込んだ。それほど皺になるのが嫌なのだろうか。キルリアーナは肩をすくめる。
「こいつだろ。旅に出たって噂の弟」
「その噂は、僕も聞いたことがあるんだが……キル、足を閉じたらどうだ」
「あんたはもう、いちいちめんどくせぇな」
 逆らうのも面倒で、キルリアーナは足を閉じた。その様子を確認してから、ロイスはベッドに腰を下ろし、むっつりとした顔でため息をつく。
 やはり、機嫌が悪い。
 この空気をどうにかするべきなのかどうか、キルリアーナは思案した。放っておいたとして、自分に害があるだろうか。だから誰かと行動するのはいやなんだと、胸中で毒づく。
「……パジェンズの医師についての、一般認識だが」
「あ?」
 ロイスは努めて冷静であろうとしているようだった。淡々とした声で、問いかけてくる。
「一般認識?」
 聞き返して、キルリアーナは悟った。彼がなにをいわんとしているのか、だいたいの予想がつく。しかし、こちらからいう必要もない。
 続きを待っていることがわかったのだろう、ロイスはキルリアーナを見つめた。
「医療を司っているのは、ランセスタだ。ランセスタ以外の医療行為はすべて罰せらる。事実、君の首には賞金がかかっているね。つまりパジェンズの医師というのは、異端──本来ならば、いてはいけない存在……というと、伝えたいニュアンスが違ってしまうかな。とにかく、一匹狼のようなものだと、思っていたんだが」
「一匹狼。なるほどね」
 その表現は嫌いではなかった。しかし、真実ではない。ロイスもそのことに気づいたのだろう。
 キルリアーナは腕を組み、目を細めた。彼の語る内容が、楽しみで仕方がない。
「それで?」
「意地が悪いな。点数でもつけるつもりか?」
 ロイスは眉を寄せたが、咳払いをして、続けた。
「君が本当にそういう存在なら、つじつまが合わない。君は、この町に来るのは初めてだが、宿はあるはずだといった。それはおそらく、ジリアルやガリエンに限ったことではないのだろう。ここには医療器具が揃い、宿を管理している人間までいる。もしこんな状況が、すべての町──すべてではないにしろ、多くの町で実現しているのだとすれば、パジェンズというのは、一匹狼どころではないな。パジェンズの裏には、ある程度大きな組織があるはずだ。あるいはそれらを総じて、パジェンズなのか……」
 キルリアーナは唇の端を上げた。なかなかの推理だ。本当のことを知れば、彼はきっと心底から驚くのだろう。
 どんな顔をするだろうかと、興味が湧いた。キルリアーナにとってそれは、別段隠すようなことではなかった。なにも知らない相手に説明するとなると面倒だが、ここまでわかっているのなら話は簡単だ。
 望み通り点数をつけるとすれば、八十点というところだろう。そう告げようとして、キルリアーナは口を開く。
 しかし、声を出すことはできなかった。
 完全に、油断していた。
「なにを、おめでたいことを……」
 キルリアーナの喉もとに、ナイフが突きつけられていた。
 ナイフを手にしているのは、セリウスだ。いつから起きていたのだろう。ナイフは彼が衣服の下に携えていたもので、キルリアーナはもちろんその存在に気づいていたが、そのままにしておいたのだ。
 自分に向けられるとは、思っていなかった。
 キルリアーナは組んでいた手をほどき、ゆっくりと上へ挙げる。
「さすが、ランセスタの御曹司は毒慣れしてんな。もう動けるのか」
「黙っていてください。あなたは、私の訊いたことにだけ答えればいい」
 冷徹な目でセリウスがいう。女性と見紛うほどの容姿をしながら、声は低く、確かに男性であることを感じさせた。
「セリウス! すぐにそれを下ろせ。彼女は僕の恩人だ」
 ベッドから腰を浮かし、しかし動くわけにもいかないのか、ロイスがうわずった声でいう。それではだめだろうとキルリアーナは思ったが、やはりセリウスにナイフを下ろす気はないようだ。
「知っていますよ、兄さん。あなたの命を助けた医師だ。私も、彼女に会っています。三年前、兄さんが毒に冒され、胸に怪我を負ったときに」
「なら、すぐに武器を下ろすんだ。僕だけじゃない、いま、おまえがそうして動けるのも、彼女のおかげだ。死んでいてもおかしくなかったんだぞ」
「私に血を飲ませたんですね。汚らわしい」
 汚らわしい。笑っていいものかどうか、キルリアーナは一瞬悩む。
「で、オレはどうすればいい? 拾った命を捨てたいってんなら、協力するぜ」
「黙れといったはずです」
 ナイフの先が、喉に触れる。キルリアーナは息を飲み込んだ。話し合いのできる状態ではないのは、間違いない。
「兄さん、あなたはパジェンズと共にありながら、まだなにも知らないのですね。いっそ滑稽です」
「話はあとだ。まずそのナイフを下ろせ、セリウス」
「嫌です」
 声の調子こそ、ロイスよりもセリウスのほうが落ち着いているようだったが、実際はその逆なのだろう。ナイフを持つセリウスの手が、かすかに震えていることに、キルリアーナは気づいた。
 おそらくは、怒りだ。
「病に苦しむこの町で、これ以上、なにをするつもりですか」
 問いは、キルリアーナに向けられたものだ。キルリアーナはその内容を、ゆっくりと吟味する。
「これ以上、なにを?」
 答えられるものなら、答えようという気はあった。しかし、質問の意味がまったくわからない。
「オレは医師だぜ。病に苦しむこの町で、やることといったら、治療しかない」
「治療院にはもう、薬品はありません。パジェンズの人間が破棄したのです。あなたが、新しく調合するとでも?」
「悪いが、話がつかめねえな」
 正直に告げた。話が食い違っているとしか思えない。パジェンズが治療院の薬品を破棄する理由などないはずだ。
「オレには目的がある。医療活動は、そのついでだ。ついでだが、薬の調合が必要だってんなら、やるさ。それであんたは、どういう理由で、オレに敵意を向ける?」
 セリウスは黙った。緑色の目が、じっとキルリアーナを見据えている。
 真意を測りかねているのだろう。どう対応すべきなのか、いま彼の脳内で激しく問答が繰り返されているに違いない。
 とはいえ、キルリアーナには、これ以上どうしようもなかった。挙げていた両手を下ろし、しかしその場は動かず、静かに待つ。
「……パジェンズは、異端などではありません」
 それは、キルリアーナではなく、兄であるロイスに向けた言葉のようだった。
 ちらりと見ると、ロイスは腰を浮かせた体勢のまま、眉をひそめている。
「どういうことだ?」
 おまえもうちょっとどうにかできるだろうよ──キルリアーナは内心であきれかえっていた。守るのではなかったのか。期待していたわけでは断じてないが、それにしても情けない。
「最初から、ランセスタはパジェンズの手の内にあったのです。そもそも、百年の昔、ランセスタに医術を教えたのは、パジェンズなのだから」
 冷静な声の内に怒りを押し込めるようにして、セリウスがいう。
 沈黙が落ちた。
 彼は、キルリアーナの反応を見ようとしているようだった。その一方で、ロイスが落胆するとでも思っているのか、兄の方を見ようとはしない。
 キルリアーナは、小さく笑った。 
「……それで?」
 なにを思っているのか、興味があった。セリウスの怒りは、果たしてなにによって生まれているのか。
「心が痛まないのですか。純朴な兄を、騙しておいて」
「純朴じゃねぇだろ阿呆っつーんだよ。騙してもねぇしな。知らないのは、そっちの勝手だろ」
 セリウスの眉が動く。ロイスは目を見開き、驚いた表情のままで、尻をベッドの上に戻した。声にならない音が、呻きとなって漏れる。
「……魔法使い、か」
「はあ?」
「兄さんは悔しくないんですか!」
 どうやらこの兄弟には、ずいぶんな温度差があるようだった。キルリアーナはだんだんばからしくなってくる。
「パジェンズの、そしてランセスタの気まぐれひとつで、この国では病が蔓延し、多くの人間が死んでいく……病を流行させるのも、治すのも、意のままだ。他国の介入を制限し、パジェンズを大々的に犯罪者扱いしておけば、ランセスタの独裁体制は容易に整うという寸法です。人々はなにも知らず、ランスセスタを唯一の医療機関としてすがり、それ以外の道など探そうともしない──そんな構図は、間違っていると、思いませんか」
「間違ってるだろうなあ、そりゃあ」
 特に否定する理由もなかった。しかしキルリアーナの言葉は、セリウスの癇に障ったようだ。緑の目で睨みつけられ、キルリアーナは肩をすくめる。
「どうぞ」
 続けてと、手を差し出した。突きつけたナイフと鋭い目はそのままで、セリウスは続ける。
「だから私は、医師団を立ち上げたのです。パジェンズに、ランセスタに、対抗するために。この国は、変わらなければいけない」
「わかった」
 唐突に、ロイスが手を打ち鳴らした。
 重々しい口調ではあったが、キルリアーナにはうっすらと予想できていた。どうせたいしたことはわかっていない。
 セリウスは怪訝そうに、兄に目を遣る。その隙にナイフをたたき落とすことも可能ではあったが、キルリアーナはあえてそれをしないでおく。
「なにがわかったというんですか」
「おまえのいっていることは、よくわかったよ、セリウス」
 ロイスは余裕たっぷりに、微笑みすら浮かべていた。
「僕は兄として、全力で協力しよう。キルも協力してくれるはずだ。僕はキルがどういう人間なのか、知っている。彼女は命をないがしろにするようなことは、絶対にしない」
「……おいおい」
 その自信に、キルリアーナはおののく。なにを根拠に絶対などといっているのだろうか。
「その証拠に、まずはここガリエンの問題を、見事解決してみせようじゃないか。なに、彼女はパジェンズだ。あっというまさ。なあ、キル」
「オレは──」
 万能じゃねぇぞと反論しようとして、ロイスのつぶやきを思い出す。まさか本当に魔法使いだと思われているのだろうか。この男ならば、あり得なくはない。
「もののついでに、治療をすること自体には、異論はねぇよ」
 結局は、そこに落ち着いた。セリウスが眉をひそめ、胡乱げに睨みつけてくる。
「あなたを信頼する理由が、私にはありません」
 疑っておけばいいだろうと返すべきか、それなら兄を信じてやったらどうだと返すべきか、キルリアーナは思案する。どちらも気の利いたセリフとは思えない。
 黙っている間にも、セリウスは思いを巡らせていたのだろう。キルリアーナを睨んだまま、様子をうかがうようにゆっくりと、ナイフを下ろした。
「ですが、兄さんがそこまでいうのなら、試すのも悪くはない」
 どうやら兄には全幅の信頼を寄せているようだ。しかし、それだけではキルリアーナへの不信感をカバーしきれないのだろう。セリウスの目が、値踏みするようにキルリアーナを観察する。
 自分のことは完全に棚に上げて、セリウスはいった。
「そもそもあなたは、なぜ男性のように振る舞っているのですか。女性ならば女性らしく身なりを整えるものでしょう」
 今度こそどう答えればいいのかまったくわからず、キルリアーナはため息を吐き出した。