story6 忘れられた魔女 1

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 わたしが望んだのは

 こんなものではない

 









「狂ってる……!」
 少年は叫んだ。
 しかし、絞り出したはずのそれは、他人のものであるかのようにかすれ、後を続ける力を奪う。
 室内であるという事実を疑わせる、咲き乱れる深紅の花々。その中央の、植物でかたどられた椅子に、彼女は優雅に座っていた。
 まっすぐに少年を見て、少し首を傾けるように、静かに笑む。
「知ってるわ」
「……!」
 いうべき言葉は見つからなかった。
 ともに暮らす友人たちの顔が、次々に脳裏に去来する。どうすればいいのか。一体どうするのが最善なのか。
 目の前で、女は、ただ微笑んでいた。
 何をするわけでもなく、少年を見つめている。
 黒く、長い髪。黒い瞳。黒い衣装。しかしその爪だけは、赤く塗られている。
魔女だ、と少年は思った。
 この女は、狂った魔女だと。
 血がにじむほどに唇を噛み締め、少年は意を決して走り出した。彼女に背を向け、木製の扉を開け放ち、部屋から飛び出す。
 そうして、走り続けた。
 いまは、逃げ出すしかないと、本能が手足を動かしていた。
 静寂の訪れた室内で、彼女は長い黒髪をかきあげると、足下に咲き乱れる枯れない花を摘んだ。
 そっと花に口づけをし、愛でるように、優しく握りつぶす。
「狂ってる、だって」
 少年の言葉を繰り返し、彼女は唇の端を上げた。
「一体誰が咎められるというの」
笑うように肩を少しふるわせ、彼女は部屋のどこかに控えているはずの、見えない相手に問いかけた。
「ねえ、翠華」
 応えるように、美しい影が音もなく降り立つ。
 彼女は微笑んだ。
「ならばわたしを殺せばいい」







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