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第五章 クレアトゥール 2

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   二


「天才だ!」
「すばらしい!」
 気がつくと、ホールの中央で賞賛を浴びていた。自分を中心に、放射状に階段のようなイスが広がっている。めまいがするほどのひとの数。だれもが諸手を上げ、誉めたたえている。
 フェーヴは、自らの手を見た。自分のそれではない。ひどく華奢な、少女の手をしていた。
「それほど幼いのに、この能力。君が女神クレアトゥールと呼ばれるのもうなずける。ぜひその力で、この国を発展へと導いてくれたまえ」
 少女の前まで進み出て、男がいう。無骨な腕を差し出す。
 フェーヴは手を伸ばしていた。自分の意志ではない。なにかに操られるように、その手を握りしめていた。
 まるで意識が一体化したかのようだった。フェーヴ自身は戸惑っているのに、少女の感情が沸き上がってくる。
 誇らしい、という思いが、胸いっぱいに広がった。
 認められたのだ。これほど誇らしいことはない。
「彼女の功績で、この国はあらゆる災害から守られる。我々は、空から我らを守る、女神の加護を見ない日はないだろう。雨風すら、思うままだ。我らは自然を凌駕した!」
 男が吠え、ふたたび歓声。
 少女は、気恥ずかしさと誇らしさとで、頬を染めた。


「動物を?」
「──そう、動物を。作り出しているんだ、あの女。特殊な鉱石を心臓の核にして、生き物を作っている。行き過ぎだとは思わないか。本当に、神にでもなったつもりにちがいない」
 男たちの会話を、フェーヴは彼らの頭上で聞いていた。
 いま、自分がどこにいるのかはわからない。自分の姿すら確認できなかった。まるで天井になったかのようだ。
「あの女が開発した技術で、建築物もずいぶん増えた。ここだってそうだ。建物だけじゃない、空も。いまやこの国だけじゃなく、世界中だ。──わかるか、世界中が監視されているんだ。いまだって、どうせ見られている」
「見られている? ばかいうな、それは……」
「それに」
 男が言葉を切った。青い顔をして、気味悪そうに、続ける。
「気づいているか。あの女、いつまでも若いままだ。その技術に、お偉いさん方が飛びついてるって噂もある。俺たちはもう、人間じゃなくなるかもしれない」
 一瞬、ほんの一瞬、憤りと悲しみとが入り交じったような複雑な感情が、フェーヴの胸に降りた。おそらく、自分の感情ではない。彼らの会話を聞く、だれかの──あの少女の、感情だ。
 そしてフェーヴは、指を、少しだけ動かした。
 たったそれだけの挙動で、男が倒れた。さかんに話していたほうの男だ。もうひとりの男は、ほとんど表情を変えなかった。かすかに哀れんだような顔をしたが、それだけだ。
「女神の、天罰だよ」
 男がつぶやく。
 誇らしさに、満たされる。


「──私、精一杯、やったわ!」
 少女の声が、吠えた。否、それは成長した女の声だった。
「しかし君はやりすぎた。この国や、他国のことだけではない。君が買い上げた莫大な土地で、いったいなにをやっているか、知らないとでも思っているかね。人間を追い出して、君の手製のお人形で遊んでいるのだろう。それは神への冒涜だ」
「神への冒涜!」
 呆れきった声が出る。神への冒涜などと。あれほど、ひとのことを女神女神と持ち上げておきながら。あれほどすがっておきながら。
 自分が人間のためにどれほどのことをしたか。
 讃えられることはあっても、責め立てられるなど理不尽だ。
「それに、君はもう限界だ。いったいどれほど生きるつもりかね。もう人型すら作れなくなって、化け物ばかりを生み出しているのだろう。君はもう、女神ではない。魔女だ」
「あれはわたしの娯楽だわ。だれにも迷惑なんてかけていない。あなたたちの望むことは、なんだってやってきた。自然を制御して、神に逆らって、人間は不老不死を手に入れた。これ以上、なにを望むというの」
 女が問う。怒りを押し殺した声で、冷静であろうと努めて。
 男の表情が歪んだ。
「繁栄だ」
 繁栄──思考が、止まる。
 繁栄。なにをいっているのかわからない。この上ないほどの繁栄を手に入れたはずだ。それでいてなお、望むというのか。
「気づかないのか。死を手放した我らは、同時に生を失った。新しい生命が誕生しても、命は育たない。やがては生まれることすらなくなるだろう。止まってしまったのだ、世界が」
 激しい怒りに支配された。それはあまりにも勝手ないいぶんだった。望んだのは自分ではない、彼らだ。いわれたとおりに尽くしただけだ。
 それを、まるで責任をすべて放り投げるかのように。そんなことは許されない。
「なら、滅亡をあげるわ。このわたしが、いますぐにでも!」
「まだ女神を気取っているのか」
 男の声は冷めていた。
 フェーヴは、自分が──女が、動けなくなっていることに気づいた。身体が空間に縛りつけられたように、まるで自由が利かない。
「君はたしかに、偉大だった。殺すようなことはしない。視覚も奪わない。君のお人形遊びも、容認しよう。──だが、それだけだ」
 動けないままに、イスにすわらされた。足が、床に溶け込んでいく。
「──どうせ!」
 それでも、声は覇気を失わなかった。
「どうせ、死ぬわ! あなたたちは、いつかは動くことができなくなる。だって、生きていないんだもの! 賢しくなったつもりでも、あなたたちだって、私の人形なのよ! あと何百年、もつかしらね?」
 男は答えなかった。ただ、薄く──どこか寂しげに、笑った。
 そうして、部屋にひとり、残される。
 イスと机以外には、なにもない部屋。
 この部屋に、永遠に。
 取り残される。

「私には、あなたたちだけだわ」
 つぶやいた。
 感情はない。穏やか、というのとはちがう。なにもない。なにもかもが排斥されてしまったかのように、恐ろしく静かだ。
 凪。
 そこに、悲しみはなかった。
「あなたたちだけなんだわ」
 瞳を閉じれば、世界が見えた。
 大切に大切に、慈しんできた世界。
 自分だけの、箱庭。
「愛しい愛しい、私の子どもたち」





 光が消えた。
 まるで、ほんの一瞬、まばたきをしただけだったかのように、フェーヴは部屋にいた。
 自分をかばおうとしたのか、スピラーリが隣で額を抑え、幻影を振り払うかのように首を振る。ショコラは立ち上がったままで、やはり呆然としていた。
「いまのは……」
 ショコラの口から、かすれた声が漏れる。ということは、彼女も見たのだろう。
「あなたらしくもない、マスター。ここへきて同情を引く作戦ですか」
 スピラーリが、好戦的な笑みを見せた。クレアは緩慢な動作で右手をあげ、そっと髪をうしろに払う。
「同情。おもしろいことをいうのね。スピラーリ、あなただって、所詮はエートル。私のなにがわかるの? あなたが書き換えたシステムは、もう元通りよ。死んだふりをして隙をついたつもりでしょうけど、それだけだわ」
「とはいえ、あなたの手足になるべく作られた、優秀なお人形だ。システムは何度だって書き換えられる。──あの世界は、もうマスターの思い通りにはならない」
 フェーヴは、スピラーリを見た。彼ら監視者はプテリュクスだとばかり思っていたが、そうではないらしい。おそらくは、アンファンを監視するためだけに作られた、特別なエートルなのだろう。
 そこまで考えて、違和感に気づく。
 見せられた記憶が真実ならば、プテリュクスは死んでいく運命にあるということだ。そして、この地の異様な静けさ。
「あの記憶から、どれだけの年月が経ってるんだ?」
 問うと、ショコラも気づいたようだった。
「そうです、外はとても静かでした。ひょっとしたら、あなたが……」
「私はなにもしていないわ」
 さして興味もなさそうに、クレアは目を細めた。
「どれほどの年月が過ぎたなんて、知らない。ばかな人間は勝手に止まったの。私をないがしろにするからだわ」
 フェーヴはめまいを覚えた。あまりにも、途方のない話だ。
 自分たちの暮らしてきた世界は、彼女の記憶のなかの言葉を借りるのならば「莫大な土地」に過ぎず、そして、最初からずっと、気の遠くなるほどの長い年月、彼女の手のひらの上で操作されていたということなのだろう。人間だと思っていたすべては彼女が作ったもので、やはり彼女が作った化け物というのが翼堕ちのことならば、本当になにもかも──良いことも悪いことも、幸せも不幸せも、彼女によってもたらされたものだったのだ。
 彼女こそが、女神なのだろうということは、気づいていた。
 だが、ここまでとは思っていなかった。
 人形、という言葉が、あまりにもぴたりと当てはまる。
 ひとりの少女の、人形遊び。
「あんたをないがしろにした俺たちも、同じ運命をたどるってことか」
 声を絞り出す。きっともう、不要なのだ。やろうと思えば一瞬ですべてを無に帰すことができるのに、プテリュクスによる侵攻という形をとること事態、彼女にとっては遊びの感覚なのかもしれない。
「だって、仕方がないじゃない」
 こともなげに、クレアは笑った。
「私は、私の子どもたちを心から愛していたの。あなたたちには自由を与えたわ。最初はそれほど多くなかったのに、順調に子孫を増やして、与えた世界を発展させていった──その様子は、見ていて、本当にすばらしいものだった。でも」
 クレアの顔から、表情が消える。彼女はじっと、ショコラを見た。
「争いもあった。国と国が土地を得ようと戦い、せっかく与えた命を消耗させていった。彼らは感謝を忘れたのよ。世界を作り、命を与えた、私という存在を忘れてしまったの。愚かだわ。人間となにも変わらない」
「忘れてなんて──っ」
 ショコラは反論しかけたが、そのまま黙ってしまう。忘れていない、といいきることはできなかったのだろう。
 たしかに、人々は、女神クレアトゥールの教えを口にする。女神への感謝を口にする。だがそれは、本当に、彼女の望むものなのだろうか。伝えられるのは本当に彼女の言葉で、人々が敬うのは本当に彼女なのだろうか。
 おそらくは、否だった。
 それは、『女神』なのだ。偶像崇拝にほかならない。そして自分たちの都合の良いように形成された『女神』は、彼らのなかで利用すらされるのだろう。
「それでも私は、彼らを許した。その代わり、私だけを愛する特別な存在を作ったの。それがアンファン。どれだけの数を作り出したかなんて忘れてしまったぐらいなのに、とうとうあなただけになってしまったわ」
 クレアはそのうつろな瞳を、今度はフェーヴに向けた。その目にはいまだ慈愛の色が宿っているようで、フェーヴはぎくりとする。
「きっと、世界のせい。雑音のせい。だって私の作品に、まちがいなんてないはずだもの」
「あんたは……自分がおかしいと、思うことはないのか」
「ないわ」
 クレアは即座に答えた。そこに迷いはなかった。
 呆れたように、鼻を鳴らす。
「あなたたちだって、自分が正しいと思っているでしょう?」
「思ってるね」
 そう吐き捨てたスピラーリの挙動は、早かった。細く長い刃を手にして、床を蹴る。それをうしろに引くと、まっすぐにクレアへと突き出す。
「見くびられたものだわ」
 それはクレアまで届いていたが、触れているだけだった。ひとの柔肌にしか見えないのに、突き刺さることはない。彼女が指をはじくと、それだけで強風が巻き起こり、スピラーリが後方へ飛ぶ。
 その身体を支え、フェーヴもナイフを手にした。
「想像がつくと思うけど──マスターを殺さなければ、完全にシステムを掌握することはできない。ほとんどが取り戻された。マスターが生きている限り、君たちの世界は、マスターの思うままだ」
「システムがどうのっていうのは、どういうことなんですか」
 腰の金具をはじき、ショコラが大剣を構える。
「君たちソルシエールと同じさ。ソルシエールは、自然と一体化してその力を引き出すだろう? マスターは、世界そのものを自由にできると思っていい。そのための導線を、長い年月をかけて、彼女は張り巡らせている」
 では彼女は、この広大な世界においても、ほとんど女神だということになる。フェーヴは舌打ちした。手にしたナイフが熱を帯びていく。こんなもので、どうにかなるとは思えない。
「私を殺すのね。そのために来たのだものね。だいじょうぶ、ちゃんと相手をしてあげる」
 優雅に腰かけたままで、その体勢が不自然ではないほどに、クレアはゆったりと笑んだ。そして右手を挙げ、下ろす。ただそれだけの動きで、部屋のなかに無数の球体が現れた。
「向こう側は、私たちがもらうつもりだったの。わかる? そのなかには、あなたも入っていたのよ、フェーヴ。優秀で無知な子どもたちだけを残して、理想の世界を一から作るつもりだった。でももう、あなたはいらないわ」
 一斉に、球体が飛びかかってきた。こちら側に来てすぐに見た球体だ。拳ほどの大きさのそれは、まるで意志を持っているかのように、フェーヴとショコラとスピラーリとに、それぞれ襲いかかってくる。
 ナイフが効かないのは立証済みだった。フェーヴは躊躇し、結局は身をひるがえして致命傷を免れる。スピラーリは細剣で球体をはじくと、ショコラに向かって叫んだ。
「君の力は使えるはずだ。こいつらの射程内に入れば、封じられる──わかるね?」
 フェーヴと同じように避けるだけだったショコラは、その言葉にうなずいた。
「了解です!」
「そういうことか」
 彼女の力が発動しなかったのは、この場所のせいではなく、球体のせいだったのだ。そしておそらく、物理的な衝撃が意味を成さずとも、ソルシエールの能力ならばどうにかなるということなのだろう。クレアの力と根本が同じならば、当然のことなのかもしれない。
 ショコラは、フェーヴの知る限りで初めて、大剣を鞘から引き抜いた。胸の前で水平に構える。銀色の剣は青い光を帯び、小さな文字が──いつか見たそれよりもよほどたくさんの文字が、徐々に浮かび上がっていく。
「それを許すと思わないで」
 クレアが手を振り下ろす。球体は、標的をショコラひとりに絞ったようだった。だが、フェーヴにとっては好都合だ。ショコラの前に躍り出て、両手をコートから引き抜く。すべての指に挟まれたナイフを、一度に投げた。
 それは的確に、球体の中心を捉えた。力と力が拮抗し、はじけ合う。いくつもの球体が揺らぎ、床まで落下するよりも早く、スピラーリがさらにそれらをなぎ払った。
「──行きます!」
 ショコラが叫ぶ。それでも押し寄せてくる球体が彼女との距離を詰める直前に、空間に描かれた法陣がその大きさを増した。青白い光が、爆発する。
 窓のひとつもない部屋が、溢れるように揺れた。透明だったはずの球体が、光を浴び、吸収するかのように膨張する。そのまま風圧に押され、はじける。
 その衝撃波のなかを、フェーヴは前へ跳んだ。はじき飛ばされたスピラーリが、なにごとかを叫ぶ。だが、聞く必要はなかった。いましかないのだ。
 ショコラを中心として巻き起こった風を背中に受け、クレアとの距離を詰める。そうして、彼女の首に、ナイフを向けた。
「殺すの?」
 爆風のなかにあって、それでも穏やかに、クレアは問うた。
 フェーヴは、ためらうわけにはいかなかった。なんのために来たのかと自らを叱咤する。殺すためではない。生きていく場所を取り返すためだ。しかし、そこに彼女の死が不可欠ならば、迷っているわけにはいかないはずだった。
 それでも、力が緩んだ。
 クレアが小さく笑う。
「愚かね」
 彼女が両手を挙げる。そこから力があふれ出す。歪んだ光がフェーヴを蝕もうと、ふくれあがる。
「──フェーヴ=ヴィーヴィル!」
 ショコラが叫んだ。
 フェーヴは、唇をかみしめる。ナイフを持った手を、力のままに振り下ろした。




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