第四章 二つの世界 3

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   三


「けっこう、速い、ですね」
 フェーヴの背後でショコラが大きな声を出す。彼の背中に手を回し、しがみついている体勢だ。本来ならば大声を出す必要などない距離だったが、疾走する四足獣の上では声を張り上げる必要があった。
「舌かむぞ」
 フェーヴは短くそう返す。少なくとも悠長に会話をする状況ではない。そもそもこのやりとり自体、もう何度めかわからない。
 四足獣とは、人間を乗せて走る獣の総称だ。広義では馬も四足獣に分類されるが、馬は大陸全土に生息しており、車を引くことが多いため、一般的には分けて考えられている。様々な種類があるが、どんな獣であっても、人間を乗せられる大きさがあること、ある程度従順に走るよう調教されていることが、四足獣と呼ばれる条件だった。
 大きな街ならば四足獣を貸し出す店もあるものの、それほど需要があるわけでもなく、名家──足を必要とする商家が主だが──などはそれぞれが数匹を所有していた。家ではないが、イデアル・アカデミーもそのひとつだ。
 フェーヴとショコラが拝借したのは、濃い茶の毛並みの巨大な四足獣だった。立ち上がった耳は小さく、鼻が突き出している。耳の下まで伸びる口からは、折られた牙が飛び出していた。四足獣の爪や牙は、人に害を与えるという理由で、大抵の場合は折られるのだ。
 人に慣らされているとはいえ、そのまま背にまたがるため、操るには訓練を要する。ひとりでどうするつもりだったのかとフェーヴはあきれたが、ショコラ自身は乗ったことがないらしい。結局、二人が乗れるほどの大きさのものを選択せざるを得ず、アカデミーの所有するなかでももっとも大きなものを借りることとなった。
「でも、簡単に出られて、良かったですよね」
 忠告したのに、それでもショコラは話しかけてきた。向かってくる風に目を細めながら、仕方なくフェーヴは返す。
「あそこの『プテリュクス』は、飾りだ。騎士連中はそれどころじゃねえだろ」
「……そう、ですね。そうです」
 背後で神妙な声。自らを説き伏せるような声だ。わざわざいうことでもなかったかと、フェーヴは一瞬だけ後悔する。だが、気を遣っていてもしようがないという気になった。
 もう、そんな事態ではないのだ。
 夜のうちに帝都を出て、朝を迎えてなお走り続け、また日が傾き始めている。四足獣はほとんど休みなく、西へと駆けていた。目指す場所はサンドリユだ。海を越える方法など安易に思いつくものでもなく、二人は結局陸路を選択した。
「どこかで、休む必要があります。わたしたちではなく、この子が。まだまだ走ってもらわなければならないのに、このままでは疲れきってしまいますよ」
 四足獣の速さは、馬車のそれの倍ほどにも及ぶ。貨物馬車と比べれば倍以上だろう。酷使して疲れさせ、途中で四足獣を失うわけにはいかない。
「次に見えた町に泊まる。なければ、野宿だな」
「はい」
 歯切れの良い返事を聞きながら、フェーヴは手綱を持つ手に力を込める。どうせ休むのならば、いまは多少の無理をしても許されるだろうと、さらに四足獣を急がせた。


 村が見えたのは、空が暗くなってしばらく経ったころだった。
 いざ到着してみると、思いのほか憂鬱になるものだった。入りかけ、躊躇し、それでも結局足を踏み入れる。四足獣から降り、そっと手綱を引いた。小さな町では恐怖心を抱かせてしまうことも少なくないが、村の外に放っておくわけにもいかない。
「……ここ、ですか」
 ショコラが言葉を飲む込むのがわかった。ふらふらと足下がおぼつかない。丸一日背にまたがっていてはそれも当然かと、フェーヴは納得する。彼女は決して休みたいとはいわないだろう。察するべきだったかもしれない。
「あの、野宿、しませんか。わたしは平気です」
 フェーヴは苦笑した。彼女のいいたいことはよくわかった。自分だってためらったのだ。
「あの夜は、一瞬だったのにな。まあ、屋根のある場所が借りられれば儲けもんだろ」
「でも」
 ショコラは食い下がったが、結局はそれ以上いわなかった。おとなしく、フェーヴについて歩く。
 そこは、サンドリユから帝都に向かう途中、フェーヴとショコラと、スピラーリが訪れた村だった。青い髪のフェーヴを疎み、追い出した村だ。
 四足獣を駆りながら、フェーヴは気づいていた。知っていて、それでもこの道を選択したのだ。たとえまた自分が追い出されても、ショコラだけでも寝床を得られるのならば充分だった。
「もう夜も遅いです。宿、開けてもらえるでしょうか……」
「それが仕事なんだから開けるだろ」
 そうはいっても、もちろん確証があるわけではない。前回と同じ事態になるのは充分考えられたが、それでも一縷の望みをかけ、フェーヴは以前とはちがう宿に向かった。
 しかし、宿にたどり着くよりも早く、足が止まってしまった。じっとこちらを見ている人物に気がついたのだ。
 待ち伏せしていた、という様子ではなかった。夜も更け、人通りのない村の道で、皮肉な偶然だ。彼女のほうも驚いているようで、目を見開いている。
「あの子、たしか」
 ショコラがつぶやく。名前など聞いてはいなかったが、忘れるはずもなかった。泊まろうとして結局泊まらなかった、あの宿の一人娘だ。
 娘は、驚きを覆い隠すようにして、奇妙な形に表情を歪めた。それから笑みを形作り、ショコラに駆け寄った。
「先日、来てくださった方ですよね。あのときは……その、大変、失礼しました」
 そういって、頭を下げる。ショコラは眉をひそめた。
「もういいです、終わったことですから。それに、あなたがなにかをしたわけではないじゃないですか」
 どちらかというと突き放すようないい方で、そう返す。内心では頭にきているのかもしれない。あのときのショコラの怒りようは尋常ではなかったと、フェーヴは思い出す。
 それでもめげずに、娘は健気に微笑んだ。
「ええと、そちらの方は……この前、一緒だった方とは……?」
「同一人物です。ちょっと、事情がありまして」
 とっさに否定しようとしたフェーヴだったが、ショコラがあっさりと認めてしまった。わざわざ正直にいうことでもないだろうと、フェーヴはこっそりとため息を吐き出す。この少女に、嘘や建前を期待しても無駄というものだが。
「そうですか。父たちが、本当に、失礼なことを……。あの、もし宿をお探しでしたら、ぜひうちにいらしてください。そちらの……四足獣、ですか? 馬小屋でよければ、場所もあります。もちろん、以前のようなことにはなりませんので」
 ほとんど懇願するような目をして、少女はそういった。フェーヴとショコラは、思わず顔を見合わせる。こうして謝罪を口にし、その上で泊まってくれといっているのだから、断る理由はないはずだった。しかし、なにかが引っかかる。
「いや、遠慮しとくよ。あんたは良くても、あんたの父親あたりが黙ってねえだろ。俺たちはもうひとつの宿に行く」
「お願いします!」
 娘は、フェーヴの服をつかんだ。まるで助けを乞うかのようだ。
 そこまでいわれてしまえば、かえって断ろうという気になるものだった。フェーヴは身を引いて、顔をしかめる。漠然としたいやな予感。
「わかりました」
 しかし、結局、ショコラが承諾してしまった。娘が顔を輝かせ、フェーヴは肩をすくめる。悪態のひとつでもついてやろうかと思ったが、飲み込んで、先導する娘のあとに続いた。


 部屋は、小さいながらも綺麗に片づけられていた。食事は出せないと以前いっていたが、気を遣ったのか、娘はパンとスープを運んできた。もちろん、寝るだけなので、ショコラとは別室だ。
 フェーヴのすべきことは、とにかく早く寝ることだった。四足獣を駆るのは思いのほか体力を使う。少しでも気を抜くと、意図していない方向へと進んでしまうのだ。
 無造作にコートを放り投げ、ベッドに横になる。
 寝なければいけないと思うのに、意識は冴え、あの日の出来事を思い出させた。青い髪、青い目を持つという理由で、村人たちに責め立てられた、あの日──それは決して、珍しいことではなかった。ごくあたりまえの反応だと、納得すらしたのだ。
 しかし、ショコラはひどく憤慨していた。彼女だけではない。いま思えば、スピラーリも怒っていたのではなかったか。
 寝返りをうち、壁を向く。フェーヴは目を閉じた。思考を停止すべきだった。意識を閉ざそうと、深く息を吐き出す。
 そのまま、どれほどのときが経っただろう。寝つけないフェーヴの耳に、足音が聞こえてきた。
 深夜とはいえ、ふつうの足音ならば、気にすることもなかった。しかしそれは、ひどく注意深く、抑えられた足音だった。床のきしむ音が、かすかに聞こえてくる。
 音は、フェーヴの部屋の前で止まった。やがて、鍵が開けられる小さな音。ドアが開き、気配が近づいてくる。
 フェーヴは寝たふりをしたまま、じっと待った。気配は、ベッドの脇で足を止めた。気配を消すことに慣れた人物ではない。まるで素人だ。震えるような息づかいまで聞こえてくる。
「……っ」
 息を吸い込むような、ごく小さな音がした。空気が揺れ、気配が動く。フェーヴはベッドの上で身をひるがえすと、素早く起きあがり、振り上げられた腕をつかんだ。その拍子に、金属の落ちる音。
「あ……っ」
 予想通り、つかんだ腕は、女性のそれだった。華奢な腕だ。そのまま片手でひねり上げ、空いた手でランプをつける。彼女は顔を隠そうとはしなかった。唇を噛んで、フェーヴを見上げている。
「そんなこったろうと思ったけどな」
 そこにいたのは、宿の一人娘だった。床には包丁が転がっている。殺意があったのは明らかだ。
「俺を殺して、あんたになんの得がある?」
 執拗に宿を勧められたときから、いやな予感はしていた。フェーヴは特に驚くこともなく、淡々と問う。娘は震えたまま、それでもフェーヴから目を離さなかった。その表情には、恐怖よりも憎悪の色が濃く現れている。
「……あなたを殺せば、呪いが解けるでしょう、アンファン」
「呪い?」
 聞き返すと、娘の目が怒りに染まった。捉えられた状態ながらも、必死に身じろぎし、逃れようとする。それは不可能だと悟ったのか、今度こそ正面から、フェーヴをにらみつけた。
「呪いを解いて! 父や、ガネルさんや、ほかにもたくさん……村の大人たち、みんな、動かなくなったわ! まるで石になったみたい! どうして、そんなひどいことができるの!」
 娘は一気にまくしたてた。腕をつかんでいなければ、かみついてきそうな剣幕だ。
「それがどうして、俺の仕業だと?」
「あんたしかいないじゃない! 仕返しでしょう! 命を吸う、呪いのアンファンめ!」
 娘は、フェーヴこそが悪だと、信じて疑わない様子だった。ぎらぎらとした目で、フェーヴを射抜いている。おそらく、同じ人間と相対している意識すらないのだろう。彼女にとっては、フェーヴは悪意の塊であり、粛正すべき相手なのだ。
 説明すべきかと、フェーヴは口を開いた。しかし、なんといえばいいのかわからない。彼女がいっているのは、ポムダダンでのメトルがそうだったように、眠るように動かなくなってしまう現象のことだろう。それはフェーヴの責任ではない。かといって、すべてを説明したところで、伝わるとも思えなかった。
「それは、俺がやったことじゃない。俺にはどうすることもできないし、俺を殺したところで、あんたの親たちはもとには戻らない。──たとえば俺がやったことだとしてな、わざわざ様子を見にまたここに来るような趣味はねえよ」
 結局、そう告げた。それでは納得しないだろうことはわかっていたが、それ以外にどうしようもない。
 娘は、フェーヴをにらんだまま、なにかを考えているようだった。フェーヴが手を離すと、両手がだらりと落ちる。しかしすぐに力をいれ、とはいえ床の包丁を拾うこともなく、静かにフェーヴと対峙した。
「あなた、アンファンでしょう」
 娘の声は、幾分か落ち着きを取り戻していた。隠す必要もなく、フェーヴはうなずく。
「アンファンだ、残念ながら」
「伝説は本当なの?」
「愛するものがどうの、ってやつなら、本当だ」
 娘は黙った。警戒するようにフェーヴと距離をとり、決して目を離さない。フェーヴは力を抜いて、ベッドにすわった。彼女にはもう殺意がないことはわかっていたし、襲いかかってきたところで力の差は歴然としているのだ。
「どうして」
 やがてぽつりと、娘はつぶやいた。
「どうして、あたしが……お父さんたちが、こんな目にあうの。あなたと関係ないっていうなら、なにがいけなかったの。あたしたち、女神クレアトゥールに背くような行いは、なにひとつしていないわ。アンファンみたいに、特別に愛されてはいないかもしれないけど、でも、毎日必死に、生きていたわ。なにが、まちがっていたの」
 それは、フェーヴへの問いというよりも、ひとりごとのようだった。よく見ると、彼女の頬はこけ、以前見たときよりもやつれている。村人たちが次々と動かなくなり、ろくに眠れていないのかもしれなかった。
 事態は、フェーヴが思っていたよりも、深刻だった。わかっていたことだが、こういう形で目の当たりにすると、重みがのしかかってきた。
 ひとは、止まっていくのだ。
 おそらく、年齢や知能で選別されたもの以外は、例外なく。
「あたしも、死ぬの? もしも、あなたがあたしを愛してくれるなら、みんな助かるの? どうせあんたは死なないんでしょう、涼しい顔して、女神に愛された特別なあんたは……!」
 愛してくれるなら──その言葉を、フェーヴは不思議な気持ちで聞いた。
 アンファンとはいったいなんなのだろうと、幾度となく考えてきた疑問が、不意に降りてきた。
 そうなのかもしれない。ショコラが、自分を愛してくれるならば世界平和を願うといったように、もしフェーヴがこの娘を愛し、彼女が望むのならば、村人たちはなにごともなかったように動き出すのかもしれない。世界平和さえ、夢ではないのかもしれない。
 本当に、アンファンに背負わされた業に、それだけの力があるのならば。
「──なにを勝手な」
 声とともに、ドアが開けられた。気配に気づいていたフェーヴは、驚きはしなかった。娘の声を聞きつけたのだろう、ショコラが怒りを露わにして、娘の背後に立った。
「あなたも、特別なの?」
 呆けたような顔でつぶやいて、娘がショコラを見た。
「アンファンといっしょにいるんだもん、きっと、特別なんだわ。死なないんだわ。特別じゃないあたしたちみたいなのは、どんどん死んでいって、翼堕ちに死体を食べられて、それでおしまいなんだわ」
「黙りなさい。少し前の自分がどれほどバカだったのか、見せつけられているようで不快です──断固、逆恨みですが。でも、それ以上は許しません」
 ショコラは大剣を手にしていた。とっさにつかんで持ってきたのだろう、ベルトを引きずっている。その手は娘のように震え、やはり怒りが見て取れた。
「なにも知らないで、愛してなどと、軽々しくいわないでください」
 フェーヴはショコラの顔を見た。後悔に歪んだ顔をしていた。彼女のいった言葉は、まるで母親のそれだ。クレアに向かって投げつけた、オリキュレールの言葉。
「フェーヴ=ヴィーヴィル」
 ショコラは顔を上げた。彼女の目は、もう娘をちらりとも映してはいなかった。
「休息はとりました。行きましょう。だれだって、そうです、きっと──彼女が特別じゃないです。急がなければなりません」
「ああ」
 異論はなかった。革靴に足を入れ、立ち上がると、コートを手にする。
 床の包丁を足ではじくと、それを娘に差し出した。
「部屋とメシ、助かった。ありがとな」
 娘は答えなかった。ただ、しばらくの間ののち、力なく持ち上げた手で包丁を受け取る。
 冷ややかな目でそれを見届けたショコラは、さっさと部屋から出た。フェーヴもそれに続く。
 階段を降りて宿を出ると、冷たい空気が二人を迎えた。夜明けは遠い。村はひどく静かだ。近づくと、四足獣はすぐに目を覚ました。従順に目を細め、鼻を鳴らす。
「『世界はひどく広大で、ひとはあまりにも矮小だ』」
 歌うような声で、ショコラがいった。
 フェーヴの嫌いな言葉だった。女神クレアトゥールの教えとして、幼少期に大人からいい聞かされる言葉の一つだ。
「本当に、女神がそういったのかもしれませんね」
 ショコラの声に、感情はこもっていない。
 フェーヴは四足獣にまたがると、手綱を握りしめた。それから小さな声で、そうかもな、とつぶやいた。
 

   *

   
 サンドリユの町に、二人は立ち寄らなかった。村を出て以降、川や木陰で休むことはあっても、集落に近づく気にはならなかった。どちらからいいだしたことでもない。ただ、見てはいけない──見たくはない、という意識が働いた。
 境界にたどり着いたのは、朝焼けが空気に溶け込み、太陽が昇りかけたころだった。四足獣から降りると、フェーヴは綱を丁寧に取り去った。礼を告げて、頭を撫でる。
 どこへでも行けという意味だったのだが、四足獣は動かなかった。背を向けるフェーヴとショコラを、じっと見つめていた。待っているつもりなのかもしれない。
「ふりだし、ですね」
 ショコラがいった。フェーヴは苦笑する。
 フェーヴとショコラと、二人にとっての最初の地は、ここなのかもしれなかった。境界に立ち、プテリュクスへ呼びかけていたショコラを思い出す。あのときから、彼女には振り回されっぱなしだ。
 太陽が照りつけて間もない砂漠は、ひやりとしていて、風も少ない。まるで、砂と二人以外にはなにもないかのように、もの寂しくさえあった。
 それでも、境界を示すロープは、彼らの眼前に横たわっていた。
 ここを越えてはいけないと、無言で語りかけてくる。
「行くか」
 軽い調子でそういうと、ショコラは唇を真一文字に結び、重々しくうなずいた。うなずいたあとで、不安げな瞳をフェーヴに向ける。
「あの……信じていないわけでは、ないんですけど」
「じゃ、残るか? 俺だけで行ってもいい」
 からかう意図ではなく、本心からそう告げる。ショコラは唇をとがらせた。
「どうして、そういうこといいますか」
「たぶん、俺ひとりなら安全だ。前にも越えようとしたことがある。『プテリュクス』が大量に押し寄せてきたが──俺は、生きてる。身体が出た瞬間に切り刻まれる、ってこともなくな」
「わたしがいないほうが、いいと?」
 そういう意味にとったらしい。フェーヴは思案した。いたほうがいいのかいないほうがいいのかと聞かれれば、どちらなのだろうと、真剣に考える。
 結論が出るのは早かった。ショコラの金の髪を、くしゃりと撫でる。
「行くか、ネエサン」
「……ケンカ売ってますね?」
 じろりとにらみ上げてくる。実は自分も緊張しているのだと、そんなことは口にしなかったが、察したのだろうか、ショコラはフェーヴより前に出て、境界の目の前に立ち止まった。
「行きますよ」
 まるで先導するように、手を差し出す。
「仰せのままに」
 フェーヴは、その手を握った。
 そうして、二人同時に、境界の向こう側へと足を踏み出した。 




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