葬式



 



 葬式って、なんのために、あるんだろう。
 

 美咲の涙を拭おうと手を伸ばしたが、こぼれ落ちる滴があまりにも綺麗で、不謹慎だけれど、見入ってしまった。少しためらって、結局、手を下ろした。
 美咲は、小さな身体を震わせて、もうずっと、泣いている。このままじゃ、身体中の水分が流れ出てしまうんじゃないかってくらい。
 無理もない。近所でも学校でも有名な、仲の良い兄妹だった。三つ違いの、兄と妹。
 どうして、葬式なんてするんだろう──ぼくは、何度目かわからない問いを、心のなかでつぶやいた。
 こんなに、美咲が悲しんでいるのに。
 葬式なんてやらなければ、これほど泣くことも、なかったかもしれないのに。
 ただいたずらに、悲しみを煽っているように思われて、ぼくは不快な気持ちで、黒い列を眺めた。
 陰鬱な、黒い群れ。
 すすり泣く声が聞こえてくる。
 まだ、小学生だったのに──
 かわいそうに──
「美咲ちゃん……大丈夫?」
 黒い服を着て、別人のようにオトナみたいな吉乃先生が、美咲に白いハンカチを差し出した。
 美咲は、吉乃先生の顔を見て、余計にしゃくりあげた。
 黒いワンピースに滴が落ちて、染みを広げていく。こんな日でなければ、よそ行きの、かわいいワンピースなのに。
「せんせい……吉乃先生……なんで、お葬式なんて、するのかなあ」
 驚いたことに、美咲は、ぼくと同じ疑問を口にした。
「なんで、なんでかなあ。こんなの、いやだよう」
 いたたまれなくなって、ぼくは視線を逸らした。何か声をかけたかったけれど、その問いに対する答えは見つけられていなかったので、口を閉ざすしかなかった。
「……さようならを、するのよ。和史君は、もう、……ここにはいないんだって、私も、美咲ちゃんも……みんなが、ちゃんとわかって、さようならをするために、お葬式は、あるの」
 ぼくは、はっとした。
 ──そうだ。
 本当に、死んだのだと──悪い夢ではなくて、本当に現実なのだと、知るためにあるんだ。
 おかしな錯覚を、してしまわないように。
「さようならなんて、したくないよう……」
 美咲も、今日ここにいることで、否応なく、わかってしまっているはずたった。
 だから、昨日よりも泣いているのだ。
 本当に、死んでしまった。
 もう、触れることも、話すことも、できない。




 ぼくは、手をのばす。
 今度は、本当に涙を拭ってやろうと、した。
 
 
 ……そうか。
 ぼくはもう、死んでしまったんだね。 
 
 












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昔に書いたものを発掘してきました。改めて読んで短さに愕然。