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カクマの子



 



 カクマに願いを、と人はいう。
 白く気高く清涼な、姿をうつろうカクマの子。
 在る願いは光を浴びて、その姿を自在に変える。
 在る願いは闇へと沈み、久遠の刻をその身に刻む。

 カクマに願いを。
 カクマに願いを。
 どうかこの身に、うつろう術を。



   *



「人を、殺めてしまったと?」
 少年が問うと、男は奇妙に歪んだ顔をした。焦燥がにじみ出ているが、それは確かに笑みの形でもあった。
 男は汗を拭おうともせず、草の上に猟銃を放り出す。尻を地面におろすと、高揚もあらわにうわずった声を出した。
「そうだ、撃ち殺した。もちろんわざとじゃあない、事故だ。俺は狐をしとめたつもりだった。それがどうだ、近づいてみれば黄の着物の娘だ。俺ももうろくしたもんだ」
 男の言葉に、後悔の色はなかった。己の犯した失態の、その大きさに興奮さえ覚えているようだった。そもそもあそこは、立ち入り禁止なはずなんだ──つぶやいて、だから俺は悪くない、と続ける。
 少年は、合点がいったとばかりに、ひとつうなずく。
「それでここを訪れた、と。私が誰なのか、承知の上で」
「勿論だ。神はまだ俺を見捨てちゃあいなかった。カクマの子、まさかあんたに会えるとは。伝承も捨てたもんじゃねえ」
 神、という響きに、少年は笑みをこぼす。それはひどくいびつな笑みだった。
 何かに急いている様子の男を、わざとゆっくり観察する。獣の皮で形作られた、茶の衣。日焼けした肌、にじんだ汗。媚を多分に含んだ目は、幼子を懐柔するかのように垂れ下がっている。
「いい機会だったんだ。もう、嫌気がさしていた。小せえクニだ、この姿のままじゃやっていけねえ。かといって、クニを出るには遅すぎる。俺にうつろいを恵んでくれ、カクマの子よ」
 少年は眉を上げた。これ以上見ることもないとばかりに瞳を閉じ、願いを聞き入れる。
「是」
 その音に呼応するかのように、男の身体が光を受けた。存在そのものを覆わんと、空が、草が、空気が揺らいだ。
 そうして、男はうつろった。


 うつろいを得た男は、しかし、望みが叶ったわけではないのだと知った。
 小さな身体は、彼の思うようには動かなかった。
 やがて、大きな何かが、彼をのぞき込んだ。
 男は身体を揺らし、風を揺らしてうったえる。両手を伸ばそうと、手であったはずのそれを、懸命に広げる。
 


   *



「人を殺めてしまいました」
 草の上に膝をつき、男は肩を落として嘆いた。
 頼りないその瞳から、しかし涙は出ていなかった。感情が追いついていないのかもしれない。顔面は蒼白で、ただでさえ細い身体はそのまま消えてしまいそうな空気をまとっていた。この世の終わりのような顔をして、猟銃から手を離す。
「いいわけでしかありませんが、わざとではなかったのです。わたしは狸を撃ったつもりでした。ところが、そうではなかった。撃ってしまったのは……黄色の着物の、女の子、だったのです」
 最後はほとんど声にならなかった。男はとうとう、泣き崩れてしまった。
 少年は、震える男を見下ろした。
 男には、続きを口にする気配がなかった。充分な間をとって、静かに問いを投げる。
「何を望んで、ここへ?」
 はじかれるように、男は顔を上げた。目も鼻も涙にまみれ、それでもまっすぐに少年を見て、声にならない声を絞り出す。
「カクマの子、あなたなら、うつろいを与えてくれるのでしょう。あの女の子に罪はない──ああ、そうだ、あなたに会えるのなら、あの子を運んでくるべきだった。少し行った林の中で、かわいそうに、ひとり倒れているのです。どうか、あの子に、うつろいを。代わりにわたしが死んでもいい。わたしは、罰を受けるべきだ」
 少年は、男を見据えた。
 貧弱な肢体。ろくにものを食べていないことがうかがい知れる、青白い肌。涙に塗れた瞳は、まるで神をあがめるそれのように陰りなく、少年を射抜いている。
「否」
 少年は一言、つぶやいた。男の目がみるみるうちに見開かれ、そこからさらに滴が落ちる。
「死したものにうつろいはない。いくら私がカクマの子でも、無を有にはできない。裁きを願うのなら、生きろ。苦しみ、嘆き、決して忘れるな」
 男の存在そのものが、まるで闇に沈んだかのようだった。空が、草が、空気が、そこにある事実を強調するかのように、微塵も揺らがず、かすかに啼いた。
 そうして、少年は音もなく、風の中にふわりと溶けた。


 まるで、最初からそうであったかのように、少年がいたはずの場所には、小さな一輪の花があった。
 それは、黄連オウレンという花だった。古くはカクマグサと呼ばれていたのだと、ふと男は思い出す。
 黄連オウレンの花は、何かをうったえようというのか、身体を揺らして風を鳴らしていた。まるで人間が両手を伸ばすかのように、懸命に葉を広げていた。
 男は、倒れる少女を思った。
 せめて、花を供えようと、白い花に手を伸ばし、ブツリと摘んだ。



   *



 カクマに願いを、と人はいう。
 白く気高く清涼な、姿をうつろうカクマの子。
 在る願いは光を浴びて、その姿を自在に変える。
 在る願いは闇へと沈み、久遠の刻をその身に刻む。


「いたずらが過ぎるよ、連翹レンギョウ。狐になったり狸になったり。おかげでまた、花が増えてしまった──もう摘まれてしまったけれど」
 少年が囁くと、黄の着物の少女は微笑んだ。
「あら、あたしが人を選ばずとも、あなたがみんな、花にしてしまえばいいんだわ。ねえ黄連オウレン、世界があなたで溢れたら、きっととっても素敵でしょう」
 少年は答えず、肩をすくめる。
 少女はくすくすと笑みをこぼして、きっと素敵、と歌うように繰り返した。











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読んでいただき、ありがとうございました。
黄蓮オウレン」、古名は「カクマグサ」。花言葉は『変身』。
連翹レンギョウ」、古名は「イタチグサ」。花言葉は『叶えられた希望』。
上記の二つが、今回使用した花と花言葉、そしてテーマとなっております。
少しでも良いものが書けるよう、精進致します。

企画サイトには、たくさんの書き手による花言葉作品が多数ございます。
そちらもぜひ。

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【参考URL】
花言葉・Floword http://www.floword.net/
花の名前・木の名前・名前の由来 http://blog.goo.ne.jp/momono11

※ 書物やサイトによって、花言葉は異なる場合があります。

 

 

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