天街(てんかい)高校。片田舎に構えながら卒業生には有名大学への進学者が多く、競争率はそれなりの数値を叩く有名な高校である。
そんな片田舎に、一人の清楚で可憐な少女が転校するところからこの物語ははじまる。
朝のHR開始を知らせるチャイムが学校全体を響かせ、それと同時に廊下にいた生徒達は各々のクラスへと戻って行く。
教室の戸が開き、白いスーツが決まっている女性教師が姿を現した。その教師の朱色の長い髪は、いつ何時見ても美しい。
「はーい。みなさん、おはよー。今日は昨日お伝えしたように、転校生が来てまーす! じゃ、早速入って!」
呼ばれた女子生徒は臆す事もなく軽快に歩を進め、教台の横に立った。少女もまた朱色の髪をしている。
「今日からこのクラスでみなさんと一緒に学ぶ事になりました、悠良です。よろしく」
高揚の感じない事務的な口調で簡単に自己紹介を終えると、次の工程へ進行するのをせがむように悠良は教師を見た。
「そういうわけだからみんなよろしくねー。席は莉啓くんの横ね。莉啓くんはあの子ね」
教師が視線を向けると、それに気付いた莉啓と呼ばれた男子生徒はわざわざ席を立ち、悠良の前までやって来た。
「はじめまして、莉啓といいます。転ばないように気を付けて。席まで案内致しましょう」
周囲の生徒達は若干呆れ気味ではあったが、これは至極日常的な事。驚いている風ではなかった。
莉啓のその紳士的なふるまいに対し悠良は、さも当たり前のように手を取るように差し出している。初対面とは思えない、まるで昔からの主人と従者のようなだ。
「それでは参りましょう」
「ええ。お願い」
最早、別空間だ。英国貴族的とでもいうのか実に優雅だ。学生服とセーラー服である事に非常に違和感を覚える。
エスコートが終了したのを確認すると、教師はおほんと咳を一つ。
「これから二年間。仲良くしてあげてね」
タイミングぴったりに朝のHR終了のチャイムが教室中に響き、学級委員であった莉啓が号令を掛けた。
「きりーつ。……あ、悠良さんは座ったままで構いませんので」
「そう。わかったわ」
ツッコミが不足しています。
時間は経ち、昼休み。クラスメイトからの質問攻めもようやく落ち着いた頃、教室に一人の少年が顔を出した。
「啓ちゃーん! 飯食いに行こう!」
「怜か。昼時だけは元気だな」
怜と呼ばれた少年はにひひと明るく笑うと、なぜ持っているのか理由はわからないが棍を肩に担ぎ、莉啓の席へ歩み寄った。そうなれば当然隣に座る悠良にも気が付く。
「お? こちらの可憐なお嬢様は誰?」
「悠良様だ」
この数時間のうちになにが起こったのか、莉啓は悠良の事をすでに「様付け」していた。
「悠良ちゃんか。俺は莉啓の大親友の怜ってんだ。よろしくな!」
「悠良です。よろしく」
営業スマイルとでも言うのか、悠良は瞬時ににこりと微笑む。その笑顔に怜は一瞬動きを止めた。
「どうかしたか? いつも以上にバカ面になってるぞ」
「いつも以上は余計だよ」
怜の後ろから聞こえた声は、彼といつも一緒にいる翠華のものだ。ちなみに、男性のはずだがセーラー服を着ている。
「あなたは?」
「僕は翠華。怜の親友だよ。よろしくね悠良さん」
翠華は明らかに嫌味な笑みを浮かべ手を差し出し、悠良はそれを取ろうとした。
「悠良様、いけません!」
とっさにその手を払ったのは少々殺気立つ莉啓。
「莉啓?」
「おかしな格好をして! 悠良様に指一本触れるな!」
男性でありながらセーラー服では、言い逃れも出来ない程に怪しいのは確かだ。ただ、ひどく似合っているため文句は言えない。いや、むしろ学生服であれば逆に変だと言える程に女性のような容姿をしているわけだが。
「莉啓ってば早速悠良さんのナイト気取りなのかい? お熱いねえ」
くすくす笑う翠華。拳を強く固める莉啓。二人をなだめる怜。そんな三人を放って学食へ向かう悠良。彼らの立ち位置が決まった瞬間である。
睨み合う莉啓と翠華に怜が挟まれた形のまま、悠良達は学食へ向かった。
時間が少し遅れたせいか学食内はすでに大勢の学生で一杯になっていた。
「座る場所、無いみたいね」
悠良のその一言に一人の男が高速の動きを見せた。言うまでも無く莉啓だ。手近な席に向かうとそこに座る生徒達と交渉し、一人分の席を譲ってもらう事に成功したようだ。
「ここにお座り下さい」
「ありがとう」
その光景に怜は呆れ気味に溜息を付き、翠華はくすくすと笑った。
「啓ちゃん、まるで別人だよ」
「まるで奴隷のようだね」
「奴隷ではない! 従者だ!」
食堂全体に響く程に迷いなく莉啓は言い放った。この数時間、本当になにがあったのだろうか。誰もが気になって仕方ない。
「悠良様、どのような物がお望みですか?」
「そうねえ」
足を組み、あるはずのないメニュー帳を広げている。全三十ページになるそれは、恐らくは莉啓が差し出したものだろうが、一体どこから出したのか。
「じゃあ、これを」
「どれどれ……」
横からそのメニューを覗き込む怜の表情が固まった。
「学食にフカヒレやらキャビア添えなんちゃらかんちゃらは置いてないでしょ?!」
「任せろ」
自身満々に言い放つ莉啓。
ちなみに悠良が注文したのは特上松阪牛のステーキとフカヒレのスープである。当然だが、ここは松阪ではないし、例え松阪でも学食にそんな素晴らしいメニューは存在するはずがない。
「松阪牛って高いんだろ?」
「任せろ」
「君はそれしか言えないのかい」
その後、どう言ったルートでかはわからないが、悠良の注文したメニューが学食のトレーに乗せられて運ばれた。割烹着姿の莉啓の手によって。
「まさか、これ啓ちゃんが作ったの?!」
「無論だ」
「へえ、一口――」
と手を伸ばした怜の指先に中華包丁がきらりと光る。
「その手と一生さよならしてもよければ、そのまま伸ばしてみろ」
「え、遠慮しときまーす!」
それからしばらくの間、学食内には悠良の動かす純銀製のナイフとフォークの音だけが響いた。当然だが、学食に純銀製のナイフやフォークはない。あるのはプラスティックのスプーンくらいのものだ。莉啓が用意したのだろう。
出された料理を食べ終えた悠良は口元を白いハンカチで拭うと、いつの間にか置かれたティーカップの指掛け部分を人差し指でもってクイっと持ち上げ、注がれた紅茶を一口。
「いかがでしたか?」
「……二十点ね」
「ありがとうございます」
「「ええーー?!」」
点数の低さもそうだが、その点数に莉啓が礼を述べた事に、食堂内が揺れる程に声が上がった。
「啓ちゃん?! 全然褒められてないんだよ!?」
「なに?! 二十点も頂いたのだぞ! 礼を述べるには十分な程の高得点だ!」
「これはもう、病気だね……」
怜と翠華は溜息混じりに首を振るのだった。
「デザートにこれとこれを」
「仰せのままに」
「啓ちゃん?!」
「従者だね、ほんと」
「――おっと。寝てしまったみたいだね」
肘掛け椅子に座る翠華は、目を覚ますとそうつぶやき、ぐぐっと背を伸ばした。
「……なんで僕がセーラー服?」
自分の夢の中でまさか自分自身が女装しているとは、それこそ夢にも思わなかっただろう。
「さて、そろそろお仕事に向かいますか」
翠華は不敵な笑みを見せるとふわりと跳躍、まるで幻だったかのように彼の姿が窓から差す月光に溶けていった。
終……?