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story2 世界一の名探偵


 



『全国の名探偵諸君──

 これは挑戦状だ。

 名探偵としての自負と自信を持つものたちを、私の主催するショーへと招待しよう。

 そこは不可侵の領域。

 どんな難事件、不可解な出来事が待っているかわからない。

 だがあえて、私は君たちを呼び寄せる。

 名探偵たちよ、その知能を持って競い合え!

 そして、世界一の名探偵を、決定しようではないか──!』


   *


「そもそも、文面がちょっと胡散臭かったわよね」
 銀ラメの散りばめられた白いドレスの裾を翻し、ツバの広い帽子で日差しを遮るようにしながら、エリスンは疲れ切ったような声を出した。
 高い位置に居座る太陽が、彼らと地面と海とを、じりじりと照らしている。
 季節は真夏。場所はワッショイアイランド。
 ビバ! 夏のリゾート! なシチュエーションでありながら、船から降り立った面々は、一様に爽やかとは認定しがたい風貌をしていた。
 誰もが、暑苦しいスーツに身を包み、ほぼ全員が布製の帽子をかぶっている。まるでそういうルールがあるかのように、八割がパイプ、五割がヒゲ、十割が偉そうだ。
 我らが名探偵シャルロット=フォームスンも、ほとんど例外ではなかった。
 この暑いのに、がっちりスーツ。もちろん、威風堂々。
「はっはっは、一体なにが胡散臭いというんだね、エリスン君」
 いつもの馬鹿笑いを披露し、いっそもっとも胡散臭い人物であるシャルロットが、だらだらと流れる汗を拭おうともせず、青空をあおいだ。
「こんなにも良い天気ではないか!」
「それはそうだけどソコ」
 エリスンは、疲れたように目の前の建物を指した。
 建物、というのもおこがましい。
 小屋のようななにか。
 小屋の脇にはロープがくくりつけられており、そこからは複数の浮き輪がぶら下がっていた。隣に、ボートや風船イルカの姿も見える。『氷』とかかれた旗と木製のテーブル。テーブルの上には手書きらしいメニュー表が転がっており、小屋の看板にはでかでかと、『ウミノイエ』、の文字。
「ここ、本当にロンドドなの? まるでジャパネスクファンタジーだわ」
「うむ、実にエキゾチックだ。ショーの主催者は、ジャパネスクが好きらしいな」
「そうね、変な趣味」
 名探偵とその助手は、そう結論づけた。数年前にロンドドで流行したジャパネスク。ゲイシャハラキーリ、をキャッチフレーズとして、若者文化として浸透したころもあった。シャルロットとエリスンも例外ではなかったが、もはや時代遅れだ。
 とはいえ、ジャパネスクを漂わせているのは、浜の向こう側で待ちかまえる『ウミノイエ』だけだった。遠くには木々が見え、目線を上げれば洋館の姿もある。それ以外には建物らしい建物はないようだった。そもそも規模の小さな島であり、しかも個人所有とあれば、あれこれ建設する必要もなかったのだろう。
「こんなところに、こんなに大勢の探偵を集めて、どうするつもりかしら」
 もっと豪勢なリゾートを期待していたエリスンは、唇をとがらせ、不満そうにつぶやいた。シャルロットが方眉を上げ、懐から白い封筒を取り出す。
「ショー、だろう? この招待状の送り主は、よほどの暇人であり、よほどの資産家であるらしい。おそらく、探偵というものを愛してもいるのだろう。なかなかおもしろそうではないか」
「まあ、得るものがないにしろ、滞在中の寝食は保証してくれるっていうんだし、楽しむしかないわね」
「おや」
 シャルロットは封筒を手にしたままで、心外そうに肩をすくめた。
「得るものならある。名誉だ。この地で私が世界一の名探偵であることが証明されれば、私の名探偵としての名声も鰻登りというものだよ。もちろん、私が世界一であることなど、いまさら改めていうことではないのだがね! はっはっは!」
 青空をぶち抜く勢いで、シャルロットの高笑い。他の探偵たちの視線を感じたが、そんなことは慣れっこだったので、エリスンは気にしなかった。気にしなかったが、つっこむべきところにはつっこむ。
「そのへんも含めて『得るものがない』っていったのよ」
「はっはっはっ……は? ん、どういうことかね?」
「もういいわ」
 到着早々だというのに、エリスンはもう帰りたいとすら思った。
 そもそも、シャルロットの元へ招待状が届いたこと自体、エリスンにとっては不可解な現象だ。それとも、彼だけではなく、ここに集まっている全員がなんちゃって名探偵なのだろうか。または、なにかの手違いか。
 いくらそう自称しているとはいえ、この上司が名探偵として世間から認知されているとは、どうしても考え難かった。
「大体、迎えもいないじゃない。どうなってるの。さっさとどこかに案内してくれないかしら」
 いらいらと足を踏みならす。偉そうな招待状をよこしたわりには、島自体はどちらかというと貧相だ。ここまでの船も、決して豪華なものではなかった。
「探偵さんがた、船に忘れ物はないかねー」
 エリスンが船に目をやるのと、船から声が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。額にタオルを巻いた老人が顔を出し、のらりくらりと出てくる。
 ロンドドの港から、島までほんの十数分。船の操舵者である老人だ。
「忘れ物は、ほら、困りますんでねー。あたしもね、旦那様から皆様をお連れするよう、きっちりいいつかってますんでね、不手際はちょっとねえ」
 回りくどいいいかたをしながら、腰を折り曲げ、探偵たちの間を通り抜けていく。緩慢な動作は、荒波を相手にする海の男のものには見えなかったが、渡し船を動かすのがせいぜいのところなら、不自然というほどでもない。
 まさか、この老人がこの後も案内するというのだろうか。曲がりなりにも『ショーの招待客』であるはずの探偵たちを案内するのが、うだつの上がらなそうな老人であるという点が、エリスンは気に入らなかった。旦那様とやらは本当にやる気があるんだろうか、とイライラがつのっていく。
「さあ、そんではね」
 全員の前まで来て、老人はゆっくりと向き直った。 
 どこから取り出したのか、シルクハットを装着する。とはいえ、額にタオルは巻いたまま、首から下は白シャツ、ズボン、長靴という海の男スタイルであったが。
「皆さんがた、改めまして、ようこそいらっしゃいました。皆さんをご案内いたします、ロリン=リーダントです。シルクハット老とでも呼んでください。そんでは、まあ、お屋敷まで」
 ロリン=リーダント──シルクハット老は、曲げた腰をさらに曲げ、どうやら一礼したようだった。そのまま全員に背を向けると、先頭を切って、よぼよぼと歩き出した。


   *


 案内されたのは、森の奥にそびえる洋館だった。船着き場から姿が見えていた洋館だ。
 歴史ある建物なのだろう、海岸にあったウミノイエの安っぽさと比べものにならない、威風堂々とした姿のその建物は、外見もさることながら、中身も高級志向を徹底していた。
 敷き詰められた絨毯、あちらこちらに飾られた調度品。
 高い天井からぶら下がっているシャンデリアは、重さゆえにいまにも落ちてきそうだ。
 ここに辿り着くまでの約十分、森の中の獣道を歩かされ、エリスンはもうくたくただった。体力面よりも、これでもかと不信感がつのっていったのだ。だがそれも、到着したことで、安堵に変わった。これなら、少なくとも食事はちゃんとしていそうだ。
 シルクハット老に促されるままに、『くつろぎ庵』と看板の掛けられた部屋に入る。洋風な邸なのに、かすかに香るジャパネスク臭。
 そこは、ソファセットがいくつかと、あまり大きくはないテーブルセットが複数、無秩序に置かれた部屋だった。名前のとおり、くつろぐことを用途としているのだろう、アンティーク調の本棚には、雑誌や本の類が詰め込まれていた。
 ここで待っているようにいわれて、すでに数十分。することもないので、エリスンは他の面々をこっそりと観察していた。
「あたしたち以外に、十八人……微妙な数ね。どういう基準で選出したのかしら」
 目を開けたまま寝てるのではないかと思うほど、ただ座っているだけの上司に話しかけてみる。こんなのでも話し相手ぐらいにはなるはずだ。
 どうやら起きていたらしいシャルロットは、ふむ、とうなずいた。
「全員が探偵とも限らないがね。君のように、助手も混ざっているかもしれない。まあ、たとえ百人だろうが二百人だろうが、結果は変わらないが」
「そうね、結果は変わらないわね」
 シャルロットとは正反対の意味を込めていってみたが、皮肉が通じるはずもない。よくわかってるじゃないか、はっはっは、などとご機嫌度上昇。
 他の十八人は、それぞれがコミュニケーションをとるということも特になく、本を手にしたりパイプを吹かしたり、ふよふよと浮遊したり、だれもが一人の世界に入っているようだった。同じ空間に二十人が集まっているというのに、不自然なほど静かなときが流れる。
 全員、似たような格好をしているものの、よく見れば、年齢は様々なようだった。もしかしたら女性も混ざっているのかも知れない。小柄なスーツから大柄なスーツ、丸くて浮いているスーツまで、多種多様のスーツ姿が集まっている。
 世の中にはいろんな探偵がいるものだ──エリスンがそんな結論に辿り着こうとしたとき、ノック音が響いた。
「お待たせしましたね、どうも」
 ドアが開き、シルクハット老が現れた。ずいぶん時間をかけたわりには、本人が着替えた様子もない。相変わらず、頭のシルクハット以外は海の男だ。
「ああ、いや、そのままでだいじょうぶですよ。旦那様がお昼寝の時間だったもんでね、遅くなってしまいました。ささ、旦那様、こちらですよー」
「……お昼寝?」
 思わず、エリスンがつぶやく。不穏な空気が流れる。
 シルクハット老のうしろに続いた存在に、だれもが、目を奪われた。
 それは、燕尾服に身を包んでいた。
 ものすごく小さい。
 小型、といういい方が正しいだろう。
 大きくも鋭い目。野性的な口元、茶色の毛並み。
「ワン」
 犬だった。
 ハッハッハッ、と全身で息をしている。実に愛くるしい風貌。
 名探偵たちは、息を飲んだ。
「これは、笑うところか」
 探偵のうちの一人が、重苦しい口調で尋ねる。シルクハット老はうなずいた。
「笑うところですとも。にこやかに、はじめまして、と」
「ワン」
 旦那様も同意したようだ。
 これだけ人数がいるなかで率先してつっこむのもどうかと思いながらも、やはり我慢ができなかったので、エリスンは厳かにつっこんだ。
「あなたは、犬に仕えているんですか?」
 できるだけ、ソフトな表現を選択。
 シルクハット老は、まさか、と首を左右に振る。
「一見、犬のようかもしれませんが、旦那様は犬ではないですとも。まあ、最初はね、勘違いされる方も多いですけどねえ」
 いよいよ、室内がざわついた。
 得体の知れない招待状に誘われ、なにかとんでもないところに来てしまったのではないか──そんな確信めいた予感が、エリスンの胸中に去来する。
 舌を出し、全身を小刻みに動かしながら呼吸しているらしい犬。
 彼──旦那様と呼ばれているのだから、おそらくオスだろう──が探偵たちを集めたのだとして、いったい、なんのために。
 そもそも、情報伝達能力はどうなっているのか。
「つまり、招待状の差出人、ワンダフル氏というのは、あなたなのかな?」
 シャルロットが立ち上がり、燕尾服姿の犬に近づいた。
 足を折り、右手を差し出す。
「はじめまして。私が、名探偵シャルロット=フォームスンです」
 エリスンは、心底からこの上司を尊敬した。
 こういうシチュエーションで、彼ほど頼もしい人物もいないだろう。
 そもそも、こういうシチュエーションにはほとんど遭遇しないものだが。
「どうぞ、よろしく」
「ワン」
 ワンダフル氏は元気に吠えた。差し出された右手に応えるように、前足を上げる。お手。
「よろしくワン」
 ──水を打ったように、室内が静まりかえった。
 息を飲むような、沈黙。
「いま、しゃべ……」
「さあさあ、ショーの開催は明日だと、旦那様はおっしゃっておりますのでね。今日はこのままフリータイム、皆さん、作戦を練っていただきたい。みなさまもお疲れでしょうしねえ、ご主人様からの挨拶も終わったわけですし」
 シルクハット老が、両手を打ち鳴らして声をあげる。
 エリスンは、絶望的な表情で、シャルロットを見た。
 どこからつっこめばいいのかわからない。
 アレが本当に旦那様なのか。いまの「ワン」が挨拶だったのか。それだけのために、ここで長時間待たされたのか。
 さすがに驚いているかと思えば、シャルロットは平然としていた。もしかしたら、事態に脳がついていっていないのかもしれない。
「お部屋にはネームプレートをつけてありますのでね。あたしが案内すれば良いのですが、まあ、探検のつもりで、各々の部屋まで辿り着いてくださいまし。必要なものはすべて用意してございます。いまから今回のショーの要項を配りますので、皆さん、各自ご確認ください。──それでは、また、明日の朝に」
 シルクハット老は慣れた様子で一礼すると、白い封筒を、それぞれに配りはじめた。
 
 
   *


「帰りましょう」
 部屋に入るなり、エリスンは強い調子で主張した。
 帰るべきだ、という主張は、どちらにしろするつもりだった。だが、部屋に入った段階で、つもりどころではなくなった。
 扉の前に掛けられた『シャルロット=フォームスン様、エリスン=ジョッシュ様』の札。その時点で、嫌な予感はしたものの。
「なにをいうんだね、エリスン君。ここまで来て、尻尾を振って逃げ帰れと? 世界一の名探偵という名誉を得るまでは、帰るわけにはいくまい」
「どうせここにいたって、そんな名誉得られないわよ。あの犬が『君が世界一の名探偵だワーン』とでもいうってこと? バカにしてるわ! ──それに!」
 エリスンは荷物を放り投げると、ずかずかとベッドに歩み寄った。
 部屋の左半分に、ソファやローテーブル、さらに奥にはトイレとバスルーム完備。
 右半分は就寝スペースなのか、並べられた二つのベッド。
 並べられた、二つの、ベッドだ。
「──これ! どういうことよ!」
 エリスンは、手前のベッドに手をかけた。どうにか離そうと、力一杯引いてみる。
 びくともしない。ダブルベッドというわけではないのだから、引き離せるはずなのだが、どうにもこうにも、重い。
 シャルロットは肩をすくめた。ソファの脇に荷物を置き、楽しそうに目を細め、その光景を眺める。
「キャサリンさんではあるまいし、君のような華奢な女性が、一人で動かせられるわけもないだろう」
 いらだちを露わに、エリスンはシャルロットを睨みつける。
「だったら! 手伝いなさいよ! そもそも部屋が同じっていうのがおかしいわ!」
「はっはっは、なぜ私がそんな労働をしなくてはならないのだね。仲良く眠ればいいではないか」
 エリスンはいよいよ目を三角にした。デリカシーがないにもほどがある。
「嫁入り前のオトメが、なんで世界一のバカとベッド並べて寝なきゃいけないのよ!」
 シャルロットは、少し考えるようなそぶりを見せた。
「世界一のバカというのが私のことだとしても、なんら問題を感じないのだがね」
「──あなたの頭を開けて、その脳みそ、ここのジャパネスク好きな旦那様とやらに提供したいわ……! きっと今夜はミソスープね!」
 だとしても、おそらく、たいした量のミソは入っていないだろう。
 エリスンはイライラと足を踏みならした。シャルロットのいうとおり、ベッドを動かすのは難しそうだ。彼の手助けがあったとしても、動くとも思えない、無駄に重厚なベッド。
 部屋を出て、シルクハット老を探して、文句をいおうかとも考える。だが、それなら、夕食時にもの申せばいい話でもある。外はまだ夕暮れだ。
 ──そこまで考えて、はたと気づいた。
「あの人、また明日の朝に、っていったわ。夕食、どうなるのかしら」
 尋ねたのだが、返事はない。見ると、シャルロットはソファに腰掛け、先ほど手渡された封筒の中身に目を落としていた。一見難しい顔をして、黙って読んでいる。
 とりあえずベッドは諦めて、エリスンもシャルロットの隣に座った。
「なに?」
「ふむ……夕食のことは書いていないが──これは、なかなか、おもしろそうだ」
「なんて書いてあるの?」
 方眉を上げて、シャルロットはエリスンに紙を差し出す。
 そこはかとなく嫌な予感がしつつも、エリスンはそれを受け取った。






 世界一の名探偵決定戦、愛のトレジャーショー──要項。

 お越しいただいた全員に、ショーの参加者となっていただきます。
 この屋敷のどこかに、世界一の宝が眠っています。名探偵の皆様は、隠されたヒントを元に、宝を探し当ててください。
 見事宝を手にしたアナタこそ、『世界一の名探偵』──つまり、このショーの主役です。
 ショーは、日の出と同時にスタートです。宝が発見された時点でショーは終了、盛大なるパーティへと移行します。

 ※ 当日、参加者の皆様は、各部屋に用意された衣装にお着替えください。
 ※ ショーへは必ず参加していただきます。辞退は認められません。但し、決定戦についてはその限りではありません。






「要するに、誰よりも早く宝を探し出せ、ってことね」
 予想よりも普通の内容だったことに胸をなで下ろしつつ、エリスンはそんな感想を洩らした。もっととんでもないことをやらされるかと思ったのだ。
 用意された衣装、というのが気になるが、気に入らなければ着なければいいだけのことだろう。
 ふむ、とシャルロットはうなずいた。
「単純明瞭でわかりやすいな。世界一の探偵を決めるのに、いったいなにをするのかと思えば、宝探しとは。これほど簡単なものならば、開始と同時に私が発見するのは間違いない。つまり、明日の日の出と同時に、私は名実ともに世界一の名探偵になるということか。はっはっは、明日が待ち遠しいなあ」
 もはやつっこみようのない自信。根拠は、と聞いてみたい気もするが、聞いたところで疑問は増すばかりのような気がして、エリスンはいつもどおりノータッチを貫いた。
 それよりも、目下の疑問に意識を移す。
 並んだベッドをどうしてくれようか。
 今夜の夕食はどうなっているのか。
「……ねえ」
 絶望的な気持ちで、エリスンはつぶやいた。
 ローテーブルの向こう側、戸棚の上に、小さなトレイが置いてあるのが、目に入ってしまった。トレイの上に乗っている、気づいてしまっては負けなような気がする、何か。その隣には、ポットとカップが並べられている。
「おや、ちゃんと用意されていたようだな」
 シャルロットが立ち上がり、トレイの上のそれを、ためらいなく手に取った。
 こんもりと盛られた、ビスケットタイプの携帯食。
「……帰りましょう!」
 怒るよりも行動を、とエリスンが主張を繰り返す。
 シャルロットは怒り心頭のエリスンを見て、どこか楽しそうに目を細めると、エリスンが手にしたままの紙を指した。
「ショーへは必ず参加していただきます、辞退は認められません──と、明記されているが?」
「知らないわよ! ここまで連れてきといて、さんざん歩かせて、待たせた挙げ句の主催者が犬で、夕食が携帯食ってどういう冗談っ? 抗議してくるわ!」
 エリスンは憤然と立ち上がった。おやおや、とひとごとのように、シャルロットは肩をすくめる。携帯食を口に運び、美味ではないか、などとつぶやく。
「────!」
 部屋を飛び出そうドアノブを握り、エリスンは声にならない悲鳴を上げた。
 ガチャガチャと、押したり引いたりひねったり、できうる限りの行動を試みる。
「……開かないわ……」
 口に出してしまえば、もはやどうしようもない事実に思われた。
 特別な仕組みのドアではない。どこにでもある、ごく普通の、ドア。
 この感覚には、覚えがあった。
 カギが掛けられているのだ。動くはずのノブがほとんど動かないというのは、そういうことだった。
 エリスンは高いヒールでドアを蹴りつけた。びくともしないそれに対し、足の方がよほど痛んで、悔しさに唇を噛む。
「これって犯罪じゃないのっ? どういうことよ! あのシルクハットと犬……! 明日会ったら殴り飛ばしてやる!」
「なあに、そんなに怒ることでもない」
「怒ることだわ、充分に!」
 エリスンの怒りの矛先は、あっさり上司に切り替わった。
 シャルロットは、まるで自宅でくつろいでいるかのような自然体で、ムシャムシャと携帯食を食べ続けている。
 その存在そのものが、癪に障った。
「だいじょうぶだ、エリスン君。安心したまえ」
「この状況で、どうやって安心しろっていうのよ」
 ぐんぐん上昇していく怒りゲージを感じながらも、努めて押し殺した声で返し、エリスンはドアから離れる。シャルロットは、いつもの馬鹿笑いを一つ。
「プレーンだけではなく、ココア風味、メープル風味──それに、小倉風味まである」
「…………!」
 エリスンは怒気を吐き出すことすら通り越し、ぎりぎりと歯噛みした。つっこむこと自体煩わしい。
 シャルロットの隣に戻って携帯食を口にする気にもなれず、音をたててベッドに腰を下ろす。明日、シルクハット老かワンダフルか、どちらを見かけようものなら飛びかかりそうだ。首を締め上げて泡を吹かせても許される気がする。
 きっちり半分を平らげたらしいシャルロットは、ポットから湯を出してそれをそのまま喉に流し込むと、スーツのジャケットを脱ぎ、壁のフックに引っかけた。ネクタイをゆるめ、靴を脱ぎ、ソファに寝そべる。
 最後に帽子を、顔の上に乗せた。腕を組み、肘掛けに足を投げ出す。
「おやすみ、エリスン君。明日は早起きになるだろうから、君も早く眠りたまえよ」
「…………」
 エリスンは黙った。これはまさか、気遣いだろうか。
 しかし、この男に限ってそれは──などとぐるぐると考えつつ、ボソリと聞いてみる。
「あなた、そこで寝るの?」
「君が私と枕を並べて眠りたいというのならば、すぐにでもそちらに行くが?」
「──っ! そこで一生寝てなさい!」
 エリスンは枕と毛布を丸めて、力一杯シャルロットに投げつけた。


   *


 エリスンが目を覚ましたのは、少なくとも日の出からはずいぶん時間が経ってからだった。
 カーテンの隙間から、光が差し込んでいる。わざわざ開けずとも、陽が高い位置にあることがわかる。なによりこの、ぐっすり寝たという満足感。早起きした日のそれではない。
 見ると、昨夜見た体勢のままで、シャルロットが寝息をたてていた。その姿そのものに苛立ち、エリスンは立ち上がる。ソファの脇に置いてあった荷物を持ち上げ、呑気に寝こける上司の腹の上に落とした。ぐぇ、とシャルロットの口から悲鳴がこぼれる。
 だが、わざわざ起こすこともなかった。エリスンはそのままソファを通りすぎ、顔を洗い、鏡の前に身を落ち着かせて、身だしなみを整える。
 確認していないが、日付が変わったのだから、もう鍵は開けられているだろう。
 船を出してくれない限りは帰れないかもしれないが、少なくとも、シルクハット老とワンダフルに殴りかかることはできる。腕が鳴った。どうやっていたぶってやろうか。
「なんということだ……!」
 エリスンの背後から、目覚めたらしい名探偵の声がした。
「とっくに日の出を過ぎているというのに、私が世界一の名探偵だと確定していない、だと……?」
 夢でも見ていたのだろうか。それとも本気で日の出と同時にゴールする気でいたのか。エリスンはいらいらと足を鳴らす。
「荷物をまとめて、さっさと出るわよ。これはショーじゃないわ、狩りよ……!」
 ギラリと目を光らせた。一晩経っても、怒りは増すばかりだ。
「落ち着きたまえ、エリスン君。なにはともあれ当日になってしまったのだから、ショーとやらには出席しようではないか。このまま帰ったのでは、それこそなにをしに来たのかわからない」
「そんなの、あの礼儀知らずの犬とシルクハットの首を取りに来たんでしょ」
 ほとんど怒りに我を忘れ、エリスンが即答する。シャルロットは立ち上がると、おもむろにドレッサーを開けた。なにやら物色しながらも、説得を続ける。
「だが、向こうの提示した条件に乗らないままで帰るというのは、やはりいただけない。まさか君も、逃げ帰りたいというわけではないだろう」
「それは、そうだけど……」
 エリスンの勢いが弱まる。部屋のことも夕食のことも、もう過ぎたことだといってしまえばそのとおりだが、だからといって水に流す気には到底なれなかった。実力を見せつけられるものなら、すでに始まっているはずのショーに参加するぐらい、わけもないのも本当だ。だが、いいように踊らされているという不快感が、どうしてもつきまとう。
 参加に踏み切るには、なにか、もう一つの要素が必要だった。エリスンの中では、意地というものがずいぶんと高い地位に居座っているのだ。
「ふむ、これだな。おお、使用後はそのまま持ち帰っていいそうだ。なかなか行き届いた心配りだな」
 感心したようにシャルロットがつぶやき、ソファの上に投げるようにして衣装を置いた。
 一目見て上等とわかる燕尾服、重ねられるように、ダークブルーのパーティドレス。ご丁寧に、ショールや宝石の類まで完備されているらしい。次から次へと取り出されるケースに、エリスンは目を丸くした。
「なんなの、これ」
「衣装だろう。ちゃんと、私の分とエリスン君の分とが用意されているようだ。着るかね?」
「着るわ」
 エリスンは即答した。即答させるほどの、エリスンの好みど真ん中ドレスだった。
 そういえば、用意した衣装を着るようにと、要項に書いてあったはずだ。これほど立派な衣類を用意するぐらいなら、部屋を二部屋とって夕食を用意しろ、と思わないでもなかったが、口には出さないことにする。食べれば忘れてしまう食事より、持ち帰られるドレスの方がよほどありがたい。
「なにしてるの、シャルロット。さっさと着替えて行くわよ」
 そしてドレスの存在は、十分に、エリスンへのもう一押しとして効力を発揮した。


 カギはすでに開けられていて、一歩部屋を出てしまえば、そこは戦場といってもよかった。
 ドアを開けた目の前を、恐ろしいほどの勢いでなにかが飛んでいった。廊下の突き当たりでガラスの割れる音。やはり高級そうな布地のスーツに身を包んだ、髭面のナイスミドルが、どっすんどっすんと駆け抜けていく。
「待てぇ――!」
 地の這うような怒号。そのまま髭は姿を消す。
 天井を飾るシャンデリアは、半分が割れていた。窓の生存率も恐ろしく低い。
 エリスンは、開けたドアを閉めようかと本気で思った。ドレスを着た段階では上機嫌だったのだが、あまりにもサイズがぴったりだったことに、今度は気味が悪くなったのだ。
 ドアを閉め、できるなら、このまま何事もなかったことにしたい。そんなことは不可能なのだが。
「ここは戦場かな?」
 相変わらずのテンションで、シャルロットが問う。聞かれても困ると思いながらも、エリスンは肯定した。
「きっとそうね」
 ふむ、とシャルロットは腕を組んだ。持ち出してきたパイプに火を灯すと、部屋から一歩目だというのに早くも小休憩。ぷはーと吹かす。
「世界一の名探偵を決めるというからには……もっと頭脳派な展開を想像していたのだがね。いくら脳の休息を優先したために出遅れたとはいえ、この肉体派な状況はどうしたことかな」
「素直に寝坊したっていいなさいよ。――でも、そうね、おかしいわ。どうして戦ってるのかしら。宝を奪われないように、ということ?」
 思いつきで口にした可能性だったが、ほかには考えられなかった。参加者は一様に、屋敷に眠るという宝を探すことを目的としているはずだ。そんな中でバトルが展開されるとすれば、それしかない。 
「だとすると、スマートじゃないな。ナンセンスだ。まったく、探偵というものをばかにしているとしか――ごはっ」
 かっこつけたセリフの最中で、シャルロットの身体が横に飛んだ。頬に、花瓶が直撃。
「シャルロット!」
 悲鳴をあげ、おそらく窓から落としても無事――おそらくどころか実証済みだが――な探偵よりも、花瓶の出所を確認する。それは、最初にものが飛んできた方向とは反対側からの攻撃だった。投げた主が誰なのかはすぐにわかったが、抗議するどころではなかった。第二、第三の花瓶や絵画が飛んできて、エリスンはすぐに身を伏せる。
 砲撃に紛れるようにして、浮いたなにかがふよふよと飛び去っていった。エリスンは眉をひそめる。
「いまの……って……」
「待ぁぁてぇぇ」
 どっすんどっすんと、攻撃主の髭が続いた。
「はっはっは、もうちょっと心配してくれてもいいんじゃないかね」
「ああ、ごめんなさい」
 頭のどこかで繋がりそうだった回路が、あっさり途切れる。エリスンは、シャルロットの頬にのめり込んでいた花瓶を引き剥がすと、やはり用意されていた小型のハンドバッグから、シルクのハンカチを取り出した。ちょっと考えて、もったいなかったのでそのまま戻した。血はいつか乾く。
「ともかく、このままここでのんびりと立っているのは危険なようだ。どこか安全なところに移動したいものだな」
「あたしは犬と帽子を見つけたいという気持ちがよみがえったわ」
 再燃した怒りを胸に、エリスンが意見を述べる。上司を傷つけられたから、とかそういう理由では決してない。
「――なんなら、アタシと来るかい?」
 唐突に、声が降ってきた。
 返事をする間もなく、ドレス姿の女性が着地する。口をあんぐりと開け、エリスンは、現れた女性と降ってきた頭上とを、交互に見た。もうなにがあっても驚かないぐらいの心持ちだったが、やはり実際に人が落ちてくれば驚くもので、とっさには声も出ない。
 天井では、かろうじて割れていないシャンデリアが、大きく揺れていた。
「あ、あんなところ、から?」
 思わず問うと、女性は歯を見せて、豪快に笑った。黒いドレスの裾を翻し、高い位置でまとめられたサイドポニーテールを揺らすと、大きなアクションで一礼する。
「グレます隊時代に、一応修行したからね。これぐらいなら朝飯前さ。久しぶりだね、探偵、それにその助手さん?」
 シャルロットとエリスンは顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「サイポーくん!」
「ミランダさん!」
「……まあ、この際どっちでもいいけど、どっちかに統一してくれよ」
 元グレます隊隊長、通称サイポー、本名ミランダは、肩をすくめて苦笑した。 


   *


 ミランダにいわれるままに、身を隠しつつたどり着いたのは、一階のレストランだった。
 道中の惨状が不思議に思えるぐらいに、レストランは無傷だった。奥では料理をしているのか、良い臭いが漂ってはいるが、だだっ広いホールのような空間には、空のテーブルが並べられているだけだ。料理の類はない。そういえば朝は何も食べていないのだと、エリスンは空腹を思い出す。昨夜だって携帯食をかじっただけだ。
 手近なテーブルからイスを引き出し、エリスンは腰を落ち着けた。
「どうして、ミランダさんがここに? グレます隊が解散した後、探偵になったんですか?」
 疑問をぶつけると、ミランダはきょとんと目をまたたかせ、それから吹き出した。
「探偵? 探偵、ね。まあある意味ではね。なんといっても、ここに来てる連中は、全員が『名探偵』だろう? 昨日、アタシも同じ船で来たんだ。探偵ルックは気恥ずかしくてね、声はかけなかったけど」
「……?」
 エリスンは眉をひそめる。引っかかるいいかただ。
 ある意味では探偵──では別の意味ではどうなるというのか。
「昨日共にいたとは気づかなかったな。ひょっとしたら、他にも知り合いがいるかもしれない。なかなか楽しいショーじゃないか」
「どこが楽しいのよ」
 脳天気なシャルロットに冷たい言葉を突き刺す。しかしいつもどおり、シャルロットは意に介した様子もなく、呑気にパイプを吹かした。ガターン、ドシャーンと頭上で音が響いている。ここ以外は相変わらず戦場らしい。
 この男を視界に入れていると、神経の平和が脅かされる──エリスンはきっちりと視線を逸らし、向かい側に座るミランダに向き直った。
 そして、思わず身を引いた。ミランダが、自分とシャルロットの様子を、ひどく真剣な顔でじろじろと見ていた。
「……ど、どうか、しました?」
「あ、いや。アンタたち、探偵と助手、だよな。付き合ってんの?」
 エリスンは眉間に皺を寄せた。ものすごく嫌そうな顔。
 答えるのもばかばかしく、表情でアピールする。ミランダは少しだけ驚いたように目を見開いて、ふぅん、と鼻を鳴らした。
「そうなんだ」
 それから、ちらりとシャルロットを見る。なんとなく嫌な予感がして、エリスンは急いで話題を変えた。
「そんなことより、何かご存じなら教えていただけませんか? 部屋から出たら戦場で、もうどうすればいいのか……」
「エリスン君、聞いてしまってはいけないだろう。情報が欲しいのはもちろんだが、サイポー君もここにいる以上、私たちとはライバルということになる」
 シャルロットが正論を口にした。それもそうだ、とエリスンは素直に納得する。シャルロットの言葉に納得せざるのを得ないのは癪ではあったが。
「ならせめて……あの犬と帽子の居場所を」
 そして怒りの矛先を思い出す。ミランダがサイドポニーテールを揺らして笑った。
「犬と帽子! あれは笑えたね、さすがに驚いた。犬の方はともかく、帽子は準備に忙しいんじゃないか。それと、アタシは決定戦には参加してないよ」
「参加して……ない? え、どういうことです?」
 エリスンは眉をひそめた。ミランダはテーブルに肘をつき、ニヤニヤと笑っている。どう見ても、いろいろと事情を知っている顔だ。
「探偵なんだろ。推理したらどうだい」
 そうして、挑発的な一言を投げる。シャルロットが興味深そうにうなずいた。
「ふむ。ならば、情報を整理してみよう」
 顎に下に手をあて、そうつぶやいたきり黙ってしまう。
 推理――という言葉に、エリスンは言葉を失う。そういえば、そもそもそういう趣旨のショーだったはずだ。戦場を目の当たりにした段階では覚えていたはずだが、あっという間に忘れてしまっていた。
 ヒントを元に宝を探し出せ――渡された要項に、そう書いてあった。ということは、ヒントを探さなければならないか……もしくは、すでにヒントを目にしているのか。
「世界一の名探偵を決めるショー……ショーには絶対参加。小さな島、ジャパネスク、シルクハット、犬……戦場……髭の怒れる紳士……そして、サイポー君――」
 ぶつぶつとつぶやき、カッと目を見開く。
「なるほど……!」
 まさかの一言が発せられた。エリスンは息をのむ。
「な、なにかわかったの?」
「うむ。よくわかないということがよくわかった」
 殺意が湧いた。
「アンタ、あいかわらずおもしろいなあ」
 ミランダが目を細め、シャルロットを眺めている。おもしろい、という解釈はしたことがなかったので、エリスンは世界の広さを感じた。他人事だからそんな表現ができるに違いない。
「まあ、教えちゃいけない理由はないんだけどさ、知らないみたいだからそのまま黙っとくことにするよ。知り合いっていえば……ほら、すげえ派手な格好のばーちゃんと変なしゃべり方の孫、アンタの名前呼んでたぜ」
「派手な格好の老婆と、孫……」
 シャルロットはそのまま停止した。いつもの黙っていればそれなりフェイスで、じっとエリスンを見る。
 長いつきあいだ。それが助けを求めるときの仕草だということなどエリスンは承知していた。
 だが、ミランダの告げたヒントから導き出される答えには、とうしてもたどり着きたくない。
「……元怪盗が探偵になっていてもおかしくはないけど、そのお婆さんが探偵っていうのはおかしいわ。どういうことかしら、この感覚。なんかすごい身内の犯行のような気がしてきたわ。――まさか、シャルロット、あなたがぜんぶ仕込んでるんじゃないでしょうね?」
「それはいいがかりというものだよ、エリスン君。ところで、老婆と孫というのは、誰のことかな?」
 それはとても演技には見えなかったので、エリスンは黙った。ここまで知り合いの存在がほのめかされるとなると、ピンクワンピースや謎の生物だって来ているのかもしれない。そしてそれはおそらく、世界一の名探偵がどうの、ということではなく、何か他の目的があって。
「――そうか!」
 唐突に叫ぶと、シャルロットは立ち上がった。
 パイプの火を消すと、燕尾服の内ポケットから携帯ケースを取り出し、丁寧にしまう。両手を腰に当てふんぞり返り、高笑いをぶちかました。
「だ、だいじょうぶか、探偵」
 突然笑い出した姿に、ミランダがオロオロと声をかける。心配されるほどのはじけっぷり。
 慣れたものなので、エリスンは淡々と聞いた。
「どんなくだらないことを思いついたの、シャルロット?」
「くだらない? とんでもない――いったい何がヒントで、どこに宝が眠っているのか……そして今回のショーはそもそもどういった意味合いのものなのか。私は完璧に推理してしまったよ」
 おお、とミランダが拍手した。 
 へえ、とエリスンが鼻を鳴らす。
「一応聞いてあげるけど……どういう珍妙な推理を展開したのかしら?」
 シャルロットは得意げに笑うと、もう一度座りなおした。どこまでも偉そうに胸を張り、人差し指を立てる。
「そもそも、これは世界一の名探偵を決めるなどという、そんなショーではなかったのだよ。おそらく、この島に来ている本物の探偵は私だけだ」
 感心したように、ミランダが口笛を吹く。エリスンが視線で先を促すと、シャルロットは満足げにうなずき、続けた。
「宝の隠し場所まで訪れることで、すべてが証明されるだろう。場所は――この建物でもっとも高い場所。宝がいったい何なのか、それは見事手中に収めるまでは、黙っておいた方がいいかな。戦場をくぐり抜ける必要があるが、行くしかあるまい」
 いつになく自信満々だった。考えてみればシャルロットはいつだって自信満々だが、今回は高級燕尾服の効果か、それとも本当にものすごく自信を持っているのか、いつもの二割増しで輝いていた。
「……いいわ。行きましょう」
 シャルロットの推理が当たっている可能性などこれっぽっちも考えず、それでもエリスンは立ち上がる。
「ところで、空腹なのだが。ここで食事をとることはできないのかな?」
「アンタ、本当にわかってんのか?」
 あっさり話の腰を折ったシャルロットに、ミランダが呆れたようにつぶやいた。


   *


 この建物でもっとも高い場所に宝がある──宣言どおり、シャルロットは階段を見つけてはどんどん上へと上っていった。
 本当なら行きたくなかったが、仕方なくエリスンもついていく。面倒ではあるが、興味はあるからだ。楽しそう、という理由でミランダも一緒だった。
 シャルロットとエリスンが泊まった部屋は二階。さらに階段を行くと、三階は二階よりも造りの豪華なフロアだった。ただし、こちらも戦場跡と化している。四階は特別客用なのか、そもそも部屋数が少ない。こちらの被害も甚大だ。
「いまのところ、すれ違う人たちって、みんなやる気なさそうよね」
 砕かれた壷や割れた窓を避けつつ、エリスンがつぶやいた。怒声や爆音のようなものは聞こえてくるが、音から遠のくようルートを厳選しているため、いまのところ出くわしていない。その代わり、着飾った「探偵」とすれ違うことはあるものの、彼らに破壊活動をしている節もなく──また、宝を探している様子もない。
「ふむ、私の推理どおりだ。何も不思議に思うことはない、エリスン君。どんと構えていたまえ! はっはっは!」
 何度か足を取られてすっころび、あちこちに擦り傷を作った名探偵が笑う。助手は無視した。
 エリスンよりもなお身軽に、足がさらけ出されるのもかまわず、飛び跳ねるように先を行くミランダが、振り返る。
「探偵、この先どうするんだ? もう階段はないみたいだぜ」
「おや、それは困ったな」
 シャルロットはいかにも困ったような顔をすると、ぐるりとあたりを見渡した。
「ならば、壁を登るしか……」
「なにそれ寝言? ここが最上階なんじゃないの」
 だんだん疲れてきたエリスンは、言葉にもうやめたい感をにじませる。しかしそんな微妙なニュアンスが伝わるはずもなく、シャルロットは軽やかに笑った。
「ここに宝がないということは、ここは最上階ではないということだろう。ならばもっと上を目指さなくてはなるまい」
「すげえ自信だな」
 感心したようなミランダの声。シャルロットはますます得意になって胸を張った。
 もうそのままふんぞり返って頭を床にめり込ませてしまえ──そんなことを思いながらも、エリスンは助手として、一応提案してみる。
「この階の部屋のどこか、ということではなくて? これ以上上がないなら、ここが一番上ということだわ」
「…………!」
 シャルロットがひどく衝撃を受けた顔をする。背後に雷すら見えた。ピシャーン。
「ああ、まあ、そうだよな。アンタ、頭いいな」
 ミランダは単純に感心しているようだ。感心レベルの低さに目眩がして、エリスンは額を押さえた。このメンバーはキツイ。
「い、いや……しかし、考えてもみたまえ。ふつう、こういったショーのゴールとなる最上階といえば、もっとこう……塔の先端だったり、オブジェのあるホールだったり、そういうところではないかな?」
「そういう『ふつう』がどうしてここでも通用すると思うの。っていうかそれって本当にふつうなの?」
 エリスンの言葉に容赦はない。よろよろとよろめいて、名探偵は打ちのめされた。これはこれで珍しい光景なので、おとなしくエリスンは観察してみる。
「──だが、私の推理がはずれるということはありえない。それだけは天地がひっくり返っても、ありえないことだ!」
 あっさり復活した。
「つまり、まだ上があるのは間違いない! なあに、見落とすぐらいの小さなミスは誰だってすることだ。落ち込むことはない、サイポー君」
「アタシかよ」
「……あーもー」
 エリスンは足下の瓦礫を蹴飛ばした。やはり、早い段階で無理矢理にでも帰っておくのだったと、激しい後悔。
 そうして、瓦礫の下に、見つけてしまった。
 はっきりと刻まれた、文字。
 気のせいかと、ゆっくりと目を閉じて、もう一度開く。息を飲んだ。
「これ、って……」
「おや、エリスン君、どうしたのかね」
 シャルロットも足を止める。ミランダはすぐに駆け戻り、エリスンの見つめる先を見た。
「なんだコレ。……不霊園――フ、レイ、エン? どういう意味だ?」 
「ふむ」
 遅れてシャルロットも合流する。失礼、と声をかけ、うずくまった。細かい瓦礫や埃を丁寧に払い、文字の刻まれた床を観察する。
 そこには確かに、『不霊園』とあった。東洋の文字でかかれているが、ご丁寧に読み仮名が振ってある。
「ねえシャルロット。これって……すごく不本意ではあるんだけど、すごくアタリな予感がするわ」
 ほんのりと興奮しつつ、エリスンがつぶやく。シャルロットの推理など当たったためしがないことを知ってはいるが、それでも明らかに意味の分からない文字が記されているのを発見してしまえば、心躍るものがあった。このまま彼の鼻がどんどん高くなるのはいただけない現象だとわかってはいるものの。
「どういう意味だ? ジャパネスクでは意味のある言葉、か?」
「いや、流行の折には私ものめりこんだものだが、不霊園というものは聞いたことがないな。なにか他に、ヒントになるものは――」
「不がついてるんだから、霊園、ではない、ということじゃないの?」
 口々にいいながら、文字をのぞき込む。床に唐突に文字が刻まれているだけで、他の情報はない。
「ふむ」
 すっくと立ち上がり、シャルロットは燕尾服の襟を直した。
「おそらく関係あるまい。それよりも、上を目指そうではないか」
「――不霊園、上にあるみたいだけど?」
 エリスンが壁を指した。
 わざわざ床を見るまでもない。顔を上げてみれば、壁にでかでかと、書かれていた。『不霊園、この上』と簡潔な案内。
 シャルロットも、壁を見る。
 床の字と壁の字を、交互に見た。
「はっはっは! 思ったとおりだ! 己の推理力の素晴らしさに頭痛すら感じる……! さすがとしかいいようがないな!」
「あたしも頭が痛いわ」
 淡々とエリスンが同意する。しかし名探偵は、そうだろうとも、とバカ笑いしただけだった。
 ミランダがマイペースに壁のチェックをして、天井に張り付くように隠されていた紐を引っ張った。
 ガコン、と鈍い音。
「上、ホントにあるみたいだな」
 天井の一部が扉のように開き、縄ばしごが落ちてきた。
「すごいわ、ミランダさん。もうあなたが世界一の名探偵ってことでいいんじゃないかしら」
 本心からエリスンは賞賛した。しかし、いってしまってから、実はシャルロットの推理が当たっていたのだと気づく。まだ宝を見つけたわけではないが、胡散臭い仕掛けの発見に至ったのは確かだ。
「探偵の推理がすごいってことだろ。推理、あとで詳しく聞かせてくれよ」
「はっはっはっ、もちろんだとも。世界一の名探偵という名誉を得たそのあとで、私の名推理を披露しようではないか!」
 どこまでも調子に乗ったシャルロットが、縄ばしごに足をかけた。そのまま、ためらわずに登っていく。
 三段進んだところで、止まった。
 縄を掴む手が、ぷるぷると震えている。
 日頃の運動不足は、こういうところで如実に響く。
「――シャルロット、急ぐわよ」
 遠くから小さく聞こえてきていた破壊音が、だんだんと近づいてきていた。手も足も出なかったならともかく、後少しという段階で先を越されたのではたまったものではない。
「男を見せなさい! 知力も体力もガッカリな名探偵なんて聞いたことないわ!」
「それってすでに名探偵じゃないよな」
 ミランダがまったくの正論を口にして、エリスンはイライラとシャルロットの尻をはたいた。


  *


 縄ばしごを登り切ると、そこはさして広くない空間だった。
 外観では気づかなかったが、洋館の上にまるであとから付け加えられたかのような、狭いスペース。天井にはでかでかと『明古庵』と刻まれていたが、庵、という様子でもない。どちらかというと物置のようだった。それほど物で溢れているというわけでもないが、そもそも縄ばしごの先に物置があったところでどうしようもない──エリスンはヒヤリとした冷たさに肩を抱き、注意深く辺りを観察した。
 高い位置に、大きな窓が一つ。床には、木箱がいくつか積まれている。
 紛れるようにして、一際大きな、細長い箱が置かれていた。それはまるで棺そのもので、エリスンは眉をひそめた。
「ここが、不霊園? 霊、なんて言葉が使ってあるからかしら、なんだか気味が悪いわ。明古庵……メイ、フルアン、っていうのも、意味がわからなくて不気味」
「はっはっは、エリ、スン君は、まったく、恐、がりだな!」
 肩で息をしながら、シャルロットが笑い飛ばす。息も絶え絶えながらも、偉そう度は損なわない根性。
 普段の彼の生活を知る身としては、ここまで登ったことを褒めてやりたいような気もしたが、そんなアメをわざわざやる理由もない──エリスンは、ムチを繰り出した。
「なんでもいいから、早く宝を手に入れなさいよ」
「つーか、ホントにアタリっぽいな。探偵、すげえ」
 おそらく他意はないのだろうが、ミランダがあっさり褒める。彼女は興味深げに、ある一点を見つめていた。視線の先は、棺のような大きな箱。
「──ふむ、いいだろう」
 シャルロットは悠然と笑んだ。スタスタと歩き、あろうことか棺の上に腰を掛ける。
 足を組み、顎を上げ、立ったままのエリスンとミランダよりも下の位置にいるというのに、器用に二人を見下ろした。
「エリスン君、覚えているかね。ここへ来て最初に、得るものは名誉だと、私がいったことを。まさにそれこそが、このショーの答えだったのだよ」
「そこに座るのまずいんじゃねーの」
 遠慮がちにミランダが忠告したが、シャルロットは意に介さなかった。はっはっは、と笑って肩をすくめる。
「それ、どういうこと? 得るものが名誉って……──まさか」
 いわんとするところに気づき、エリスンが眉間に皺を寄せる。それはできればたどり着きたくない結論だ。
「私はすでに宝を得た。ここへたどり着くこと、それ自体がゴールだったのだよ。──私の推理は、こうだ。この島において、ヒントとなり得るもの、それはすなわち、『ウミノイエ』。他は東洋の文字で表記されているというのに、あれだけは例外だった。まずここに気づかねばなるまい──表記の差違からわかる、この不自然さ。すなわち、『ウミノイエ』という言葉こそが、ヒントであり、暗号だったのだよ!」
「ウミノ、イエ……!」
 エリスンは息を飲んだ。いわれてみれば、『海の家』とするのではなく、わざわざ音だけで記した名前には違和感がある。統一されているならまだしも、確かに、他のジャパネスク用語には東洋の文字が使われていた。
 これはもしかしたら、本当に本当で本当なのかも知れない──手に汗握る展開に、先を促す。
「──それで、ウミノイエって、どういう意味なの?」
「簡単なことだよ、エリスン君」
 もったいぶるように、シャルロットは足を組み替えた。
「ウミ、これは、『ウわあ、こんなところにミラクル!』の略! すなわち、これから宝の隠し場所を伝えるという合図。イエ、これは『イエェイ!』という歓声を表す言葉に他ならない! つなげれば、『ウわあ、こんなところにミラクル! イエェイ!』となり、後半の歓声はよほどテンションが上がっていることが推察されるため、高い位置であるとわかる! ──そう、この暗号は、建物のもっとも高い位置に宝がある、ということ表していたのだ──!」
 のだー、のだー──狭い空間に、自信たっぷりの声が響いた。
 後に訪れた沈黙が、壁に吸収され消えゆく声を、いっそう強調した。
「す、すげえ……アンタ、ホンモノだぜ……!」
 いろんな意味を込めて、ミランダがうめく。エリスンは一瞬別世界まで飛んでしまった意識をどうにかつなぎ止め、何か言葉をかけねばと思いつつも、どうしても形にならない。
 もはや哀れという気がした。つっこむのもかわいそうだ。
「……あー、そうだったんだー」
 気遣うあまり、棒読みになった。
「たどり着くこと自体が宝、っていうのは?」
 ミランダが問いを投げた。質問で返すという手があったのか、とエリスンはショックを受ける。なんだかもうとにかく恥ずかしい。コレの助手だという事実が、今更ながらに。
「ふむ、良い質問だ、サイポー君。これは暗号とはまた違った推理になるのだがね」
 どうやら二人が己の推理の素晴らしさに打ちのめされているとでも思っているらしいシャルロットが、完全に上から目線で解説を始める。
「サイポー君の、ある意味では探偵、という言葉。それに、どうやら私の知り合いがたくさん来ているらしいという事実。他の参加者にやる気が感じられないということ──これらを元に導かれる結論は、一つだ。そもそもこれは、全国の探偵を集めて名探偵を決める、というショーではない。決定戦自体がフェイク。島へ訪れた面々が全員、探偵ではないのに一応は探偵であるように振る舞っている点から考えれば、本物の探偵である私に皆が合わせているのは明白。つまり──」
 シャルロットは息を吸い込んだ。完全に悦に入った調子で、続ける。
「──そう、つまりこれは、私にゆかりのある皆々が、私こそが世界一の名探偵であるとして、私を褒め称えあがめるという目的のために計画された、一大サプライズ! 本来の名はさしずめ、『シャルロット=フォームスンこそ世界一の名探偵だ! みんなで彼の名探偵ぶりに涙し、彼が世界一であると決定して、盛大なるパーティーを催そうではないかショー』!」
「ヒュイ──!」
 唐突に、聞こえるはずのない声が割り込んだ。
 エリスンが慌てて、声の発信源を探そうと首を回す。だが、この狭い空間に、ヒュイなどという声を発する白い生物の姿はない。
 とはいえ、間違えようがなかった。
 お馴染みの、あの声。
「ヒュイ、ヒュイ、ヒュイ──!」
「そ、外だ!」
 声は一気に大きくなり、ミランダが窓の外を指す。ほぼ同時に、けたたましい音をたてて窓ガラスが割れた。破片と共に、白くて丸くて浮いている生物がつっこんでくる。それは、シャルロットの頭部に激突した。悲鳴すらなく、シャルロットがはじき飛ばされ、壁に衝突して転がる。
「じ、ジョニーさんっ?」
「待ぁぁてぇぇ!」
 エリスンが叫ぶが、その声は縄ばしごを登ってきた髭紳士の怒声にかき消された。破れ放題の白い燕尾服を着たジョニーが、素早く身を起こす。倒れたシャルロットにも、名を呼んだエリスンにも、鬼の形相の紳士にもかまわず、猛スピードで棺まで飛んだ。
「ヒュイ!」
 かけ声と同時に、小さな手がボコリと膨らむ。ジョニー、ムッキムキバージョン。両手で、棺の蓋を開けた。
 棺の中から細い手が飛び出した。その手は愛おしそうにジョニーの手を取ると、その丸いフォルムをぎゅっと抱きしめる。
「────あっ!」
 棺から姿を現した人物、そしてその姿に、エリスンは目を見開いた。
 そして、おぼろげながら、今回のショーがなんだったのか、理解した気がした。
「ジョニー! わたし、わたし、信じてた……! やっぱり、あなたが来てくれたのね!」
 それは、真っ白なドレスに身を包んだキャサリンだった。ピンク色の花の散りばめられたティアラ、長い長いベール。キラキラと輝くメイクは、彼女をいつもの何倍も美しく見せていた。
「……ま、負けた……!」
 膝をつき、髭紳士が拳を床に叩きつける。
「お父様、まさかジョニーをいじめたの? いくら穏和なわたしでも、怒ります!」
「だって、たってキャサリン、パパリンはやっぱり心配なんだよう、寂しいんだようぅ」
 髭紳士は両手で顔を覆うと、おいおいと泣き出した。キャサリンは一瞥をくれただけで、またジョニーとのイチャイチャを続行する。
「おとう、さま……」
 エリスンが呻いた。それは考えなかった。
 一瞬の気絶から蘇生したシャルロットが、重々しい口調でつぶやく。
「うむ、推理通りだ」
 その神経には乾杯してやりたい気分で、エリスンはそれは良かったわね、と答えた。 
 
  
   *


 一階のレストランでは、すでに準備が整えられていた。
 各テーブルには花が飾られ、空のグラス、ナイフとフォークが並んでいた。給仕らしいシルクハットをかぶった数人が、シャンパンのビンを置いていく。
 着飾った二十人ほどが、レストランの入り口付近で待ちかまえていた。
 ウェディング姿のキャサリンと、その手を取るジョニーとが姿を現すと、レストランの壁が震えるほどの拍手。
「おめでとう、キャサリン──!」
「お幸せに!」
「いよっ、色生物!」
 口々に祝福の言葉が投げられる。
 ジョニーは誇らしげに胸を張り、頬を染めたキャサリンは、ピンク色のブーケを手に、しずしずと歩を進めた。長い時間をかけ、レストラン奥の、一際豪華なイスに座る。細長いテーブルには、やはり色とりどりの花束。
 二人──一人と一匹──のあとから、そろりそろりと入場したシャルロットとエリスンは、出席者全員が席につくのを待ち、空いた場所へこそこそと座った。早々に持ち場へついたミランダとは同じテーブルで、ちゃんとネームプレートも飾られていた。他には、グレます隊で見たような気のする数人と、テーブルは違うが派手な老婆やその孫の姿も見える。ついでに、白くて丸くて浮いているもう一匹。下座に控える髭紳士は、まだ男泣きの真っ最中だ。
「……結婚式、だとは思わなかったわ」
「正式にはレストランウェディングかな。いやなに、私はもちろん気づいていたがね! はっはっは」
 シャルロットの笑いにちょっと覇気がない。
 つまり、シャルロットの推理もまったくの的はずれではなかったというわけなのだと、エリスンは内心で少しだけ感心する。全員が探偵のふりをしたショー──シャルロットのためではなく、ジョニーとキャサリンのためではあったが。
 バッグにつっこんでいた要項をそっと取り出し、こっそりと確認した。『ショーへは必ず参加していただきます。辞退は認められません。但し、決定戦についてはその限りではありません』という注意書き。読んだときにはなんとも思わなかったが、種明かしされてしまえば納得だった。全員が決定戦に参加して、宝であるキャサリンを求めてしまったのでは、一体誰が主役なのかわからなくなってしまう。
 髭紳士は、本気で参加していたようだったが。
「ミランダさんは、知っていたんでしょう? どうしてあたしたちだけ、知らなかったのかしら……」
 声をひそめるようにして、ぼやく。隣に座るミランダは苦笑した。
「キャサリンたちがサプライズにしようとしたのかもな。アンタたちはなまじホンモノの探偵だから、疑問も持たないだろうし。アタシたちのとこへ届いた封筒には、名探偵決定戦としての案内と、詳細の書かれたちゃんとした招待状と、二枚入ってたぜ」
「そうなんですか? ──んもう、事前にちゃんと教えておいてくれればいいのに。キャサリンさんったら」
 エリスンは唇をとがらせた。それから、ふと思いつく。
 確認してしまってはいけないような気がした。 
 だが、一応持ってきているはずの最初の手紙──もしかしたらヒントになるかと、やはりバッグに入れたままだ。
 そっと、小さなバッグから、封筒を取り出す。
 挑戦状じみた一枚を抜き取ると、封筒と同じ色のもう一枚が、張り付くようにしてきっちりと同封されているさまが、よく見えた。
 ──見なかったことにして、そのままバッグに戻した。
「さあ、それではね、ただいまより、お二人のウェディングパーティーを始めたいと思います」
 のらりくらりとした、しかしよく通る声でそう告げて、シルクハット老がゆっくりと歩いてきた。ジョニーの右側、少し離れた場所に立ち、参加者に向かって頭を下げる。
「司会進行は、わたくし、『トレードマークはシルクハットとジャパネスク、驚きのプランでみんながハッピー! 創立五十周年ウミノイエ・ウェディング』に勤めて三十五年、ロリン=リーダント。今回は新郎新婦さまのご希望により、名探偵決定戦ウェディングの形式を取らせていただきました。皆様、お楽しみいただけましたでしょうか」
「……あの帽子ヤロウ……!」
 エリスンの怒りが舞い戻ってきた。そもそも帽子がすべての元凶だったような気すらしてくる。
「はっはっは。ウミノイエ・ウェディング」
 シャルロットは空笑いのなか、何か重大な事実に気づいたようだった。固有名詞であるならば、表記が他と異なっていても不思議はない。
「ええと、開始の前にですね、今回のショーの種明かしをね、みなさんがた、気になっているところだと思いますので。見事新婦さまのところへ到達した新郎さまはご存じかと思いますが、ここはわたくしの口から説明させていただきましょう。──隠されたヒント、それは、各部屋に用意されていた携帯食でした。さすがに招待しておいて夕食が携帯食、というのはおかしな話ですので、気づいていただけたかと思いますがね」
「…………っ」
 別段誰かに見られているというわけでもなかったが、エリスンは急に恥ずかしくなって視線を落とした。
 おかしい、とは思ったが、ヒントだとは思わなかった。
 完全に、してやられた気分だ。
 それがショーの一環だったのだといわれてしまえば、文句もいえなくなってしまう。
「ふむ、推理どおりだな」
 シャルロットのつぶやきは無視。
「では具体的に、どんなヒントだったのか? 思い出してください、携帯食のラインナップをね。ココア、プレーン、メープル、小倉……つまり、あん。これこそが、宝のありかを示す暗号だったのです。すなわち、『ここは(ココア)、不霊園プレーン明古メープルアン』! なんと難解な暗号! これを解読し、新婦さまのもとまでたどり着くとは、まさに愛の奇跡!」
 会場内がどよめいた。それは確かに奇跡だ、とだれもが納得する。
「探偵の推理とレベルが近いな」
 ぼそり、とミランダがつぶやいた。
 僅差でシャルロットが負けていると確信したが、どっちもどっちだ──エリスンはあえて返事を保留する。
「さあ! ではまず、新郎のジョニーさまに、一言いただきたいと思います! そして、愛の指輪の交換を──!」
 シルクハット老の合図で、ジョニーが浮き上がった。
 ヒュヒンヒュヒン、と咳払い。
 それから男らしい目でまっすぐ前を向き、
「ヒュイ!」
 挨拶をした。
 拍手のしようもなく、会場内が静まりかえる。しかしかまわずに、立ち上がったキャサリンと向き合った。
「ヒュイ、ヒュイ、ヒュユユ」
 何事かを囁いて、右手の上に乗せたリングを、差し出す。キャサリンが自ら、それを左手の薬指にはめた。それからキャサリンは、どこからか手錠のような輪を取り出し、ジョニーの指──はないので、手そのものに、ガションと取り付ける。
「ジョニー、おめでとうだワン! 父は嬉しいワン!」
 親族席から、ワンダフルが吠えた。
 エリスンは、深く考えないことにした。
 母の存在が激しく気になったものの、見てはいけない気がして視線を逸らす。
 逸らした先では、髭紳士が洪水を作り出す勢いで涙を流していた。隣で少女のように若々しい、キャサリンによく似た美しい女性が、ほほえみながら髭紳士の耳をつまみ上げている。
 髭紳士の身体は、イスから浮いていた。
 やはり、考えないことにした。
「それではみなさん、豊富な酒、多様な料理を楽しみつつ、素晴らしいひとときをお過ごしくださいませ。僭越ながら、わたくしが。──乾杯!」
 シルクハット老がきりりとした声で告げ、カチン、とグラスが鳴った。

 一気に飲み干して、エリスンはグラスを置いた。食事が次々と運ばれてくる。空腹ではあったが、それよりも胸がいっぱいだった。キャサリンを見つめ、うっとりと手を組む。
「キャサリンさん、本当に綺麗。とうとう、あの二人……というかなんというかが、結婚なのね。なにはともあれ、めでたいわ」
 ほうっとため息を漏らした。こみ上げたモロモロは、一言の中に押し込んだ。なにはともあれ、の深さ。
「まー、相手がアレだけどなー」
 あえて伏せたのに、ミランダが台無しにする。
「うむ、思えば彼らと出会って、もう何年にもなる。感慨深いものがあるな。私が世界一の名探偵であることが証明されたこの日に、結婚とは。素晴らしい」
 すでにビン一本分を空けたシャルロットが、堂々とそんなことをいう。どうやら記憶の混乱が生じているようだ。いつものことではあるが。
「やっぱり、結婚ってある意味で女性の憧れよね。いいなあ」
 エリスンは、目を閉じた。
 輝いているはずの己の未来を色々と想像しようと、想いを馳せる。
 しかし、断念した。いつもの絶好調な妄想力が発揮できない。疲労のせいか、ひたすら探偵に振り回されるビジョンしか浮かんでこない。
 幸せをつかむためには、とりあえず探偵社を出るべきかもしれない──本気で考えて、暴飲暴食真っ最中の上司をちらりと見る。
 視線に気づき、シャルロットはまぶしいほどの笑顔を見せた。
「はっはっは、エリスン君、結婚に憧れるのはいいが、どこそこの王子様と結婚などという夢は早く捨てたまえよ。そろそろ痛々しいのでね」
「な、なんで知ってるのよ!」
 カッと頬を染めて、エリスンが怒鳴る。いまのはごまかすべきところだったとすぐに気づくが、もう遅い。
 笑いながら、シャルロットは続けた。
「君の秘密のポエムノートを読むのは、私の日々の日課でね」
「この会場を血の海にしてもいいのよ……!」
 エリスンが拳を構えた。島に来てからひたすらにたまっていった負のすべてを、いまこそぶつけるときだと確信する。
「──それはあとでいいだろ、助手さん。ブーケトスするみたいだけど、行かなくていいのか?」
「え? 行く!」
 ミランダの言葉に、エリスンは慌てて立ち上がる。キャサリンのもとへ集まる他の女性たちと同じように、足早に進んだ。
 しかし、サイポーは動かなかった。
 テーブルに残り、肘を付き、呆れたようにシャルロットを見やる。
「ちょっと聞いてみたいんだけどさ。たとえばアタシがここでアンタに交際を申し込んだら、アンタどうすんだ?」
 それは奇妙ないいまわしだった。心も込められていない。ただ、単純に疑問を口にした、という口調。
「まったく愚かな問いだね、サイポー君」
 シャルロットは肩をすくめた。小走りに駆けていく、後ろ姿を見やる。
「私の相手は、もうずいぶん前に決めてしまっている。ご遠慮いただけるかな?」
 ミランダは目を細め、だよなあ、と苦笑した。





  ***





 舞台は、フォームスン探偵社──
 肘掛け椅子に座り、窓の外を眺めていた名探偵が、ふとこちらに気づく。椅子を回して向き直り、パイプをデスクに置くと、優雅に笑む。
「やあ、皆さん──今回のこの名探偵の活躍は、いかがだったかな。考えてみれば、こうして推理らしい推理を披露するのは久しぶりのように思う。この私の頭脳の素晴らしさに、打ち震えたことだろう──なあに、名探偵の頭脳というものは、あまりに常人のそれを凌駕しすぎていて、ときには理解されないものだ。今回の名推理もそういった一面があるものの──問題ない、私が世界一の名探偵であるということはすでに事実であり、私自身がその事実を知っている限り、それは揺るがないものだからね。そうそう、探偵社に帰ってからというもの、エリスン君は秘密のポエムノートの隠し場所を変えてしまったようだ。まったく、楽しみが減ってしまって非常に残念だ。しばらくは秘密ダイアリーの閲覧で我慢するとしようかな。……──ああ、もう、こんな時間か。準備が整ったようだ。今日はジョニーさんとキャサリンさんを招いて、ささやかながらのパーティでね。このあたりで失礼するよ。残念ながら、もうみなさんとお会いできることはないかと思うが……ロンドドの空の下、この名探偵シャルロット=フォームスンの名推理がいつでも冴え渡っていることを、覚えておいて欲しい。それでは──」
 一礼し、立ち上がるシャルロット。ダイニングに向かって歩き出す。テーブルの上では、花瓶に入ったピンク色のブーケが、こちらを見守るようにちらりと揺れて──

 ──暗転。
 

 

 

 

 

  

 

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