story1 その名はマイケル


 


 ロンドド郊外にある、茶色の煉瓦と白い煉瓦を組み合わせた、モダンな造りの建物。半世紀も前に、有名な建築家が設計したとかいうこの建物は、時代の先取りをしすぎたことと、周辺が都市開発から置いて行かれてしまったことから、いまでは格安物件に成り下がっている。
 正面から見て右側には、階段が一つ。一階から入らずとも、外から直接、各階に行けるようになっている。階段を二階まで上がったところにある扉には、人目を引く大きな看板が掛けられていた。
 フォームスン探偵社──その下には、「名探偵在中」、の文字。
「ふふふふふふふはははっははははーっはっはっはっは」
大きな肘掛け椅子に腰をかけ、腕と足を偉そうに組んだ体勢で、ここの探偵社の社長であり、名探偵(自称)であるシャルロット=フォームスンは、高笑いをぶちかましていた。
 金色の髪に緑色の目──黙っていれば美青年だ。しかし、どう贔屓目に見ても、「黙っていれば」という注釈を取り去ることのできない、実に残念な逸材だ。
 その様子を、ちらりと横目で見やり、助手のエリスン=ジョッシュがデスクに無言でコーヒーを置く。ここに勤め始めてもうすぐ四年になる、長いブロンドが魅力の、(自称)有能な助手だ。室内だというのに、きらびやかなドレスに身を包んでいる。
 探偵社とはいえ、メンバーは以上の二人のみだ。
「ふふ……ふふふふふふふはははははははははーははははっはっはっはあ!」
シャルロットは、コーヒーカップを手に取ったかと思うと、もう一度笑い声をあげた。どちらかというと、悪役笑いだ。
 別段、コーヒーカップに笑い出したくなるような仕掛けをした覚えもないエリスンは、つっこもうかどうしようか考えて、
「何を笑ってるの?」
 結局、つっこんだ。ちょっと声が冷たい。
「ふむ、良い質問だね、エリスン君。だが、私は残念だ──君ともあろうものが、見てわからないとはね」
「わからないわね」
 たいしたことではないんだろうな、ということはわかる。
ふふん、と鼻で笑い、シャルロットはふんぞり返った。
「何かがおかしくて笑っているのではない。笑いの練習をしているのだよ! 名探偵である私が、いつ悪人を捕らえてもいいようにね!」
「……あたし、時々、あなたがかわいそうになるわ」
「はっはっは、なあに」
 基本的に、名探偵は傷つかない。
「そんなことより、今朝の新聞見た? 例のモノノケが、また出たみたいよ」
「はっはっは、『そんなことより』」
 ちょっと傷ついた。
 エリスンは、『ロンドド☆タイムズ』を手に取り、一面を飾っている記事の見出しを読み上げた。
「白いモノノケ、また飲食店を襲う──ねえ、これ、どう思う?」
「ふむ……最近は怪盗騒ぎも落ち着いていたが。世の中、悪人というのはいくらでもいるものだな」
 新聞といえば、四コママンガしかほとんど読まないシャルロットだったが、さすがにこのニュースは知っていた。謎のモノノケが、夜のうちに飲食店の食材をすべて食べ尽くしてしまう、という事件だ。
「あたし、この写真の影、見たことあるような気がするのよね……」
「おや、奇遇だね、エリスン君。実は私も、デジャビュのようなものを感じていたのだ」
 ぶれてはいるが、一応、記事には写真が添えられていた。丸い、ふわふわの物体の写真。
「うーむ……知っているような気がするのだが……」
「なんだったかしらねえ」
「助けて──! 助けてください!」
 二人で首をかしげていると、突然、叫び声とともに扉が開け放たれ、女性が一人、涙を振り払うようにして駆け込んできた。
 ピンク色のワンピースを着た、探偵社にとってはおなじみの女性だ。その後ろから、白くて丸くて浮いている物体が、ヒュイヒュイと続く。
 女性の名はキャサリン。白いのはジョニーという。かつて、とある事件で知り合って以来、何かと世話になったり世話をしたりしている。
「あ、すみません、わたしったら、取り乱してしまって……これ、よろしければ、どうぞ」
 キャサリンは恥じらうように頬を染め、なぜかボウルを差し出した。泡立て器が突き刺さっている。
「……これは?」
「何か手みやげをと思ったのですが、気ばかりが焦ってしまって……もうすぐマドレーヌです」
「あら、どうも、ご丁寧に」
 エリスンは、『もうすぐマドレーヌ』を受け取った。焼いてくるわ、とつぶやき、キッチンへ姿を消す。
「ヒュイー、ヒュィ、ヒュヒュゥ」
「ジョニー……、そう、そうよね。落ち着かなくちゃ」
「ヒュイ」
 ちなみにこの二人(?)は人生のパートナーであり、キャサリンは愛の力でジョニーのヒュイ語を解する。ジョニーってつまり何、という質問は、誰も答えられないので、誰もしたことがない。
「ようこそ、キャサリンさん、ジョニーさん。お急ぎのようだが、何かお困りかな? さあ、どうぞ、こちらに」
 パイプを吹かし、肘掛け椅子から立ち上がると、シャルロットは二人(?)にソファを勧めた。自身も腰を下ろす。
 オーブンに「もうすぐマドレーヌ」をセットしてきたらしいエリスンも、紅茶三つとコーヒー一つをトレイに乗せ、戻ってきた。
「実は………………」
 いいかけたものの、キャサリンは黙り込んでしまった。ジョニーがつぶらな瞳でキャサリンを見上げ、ヒュイ、と身体全体を傾ける。彼女の手に、手(のような短い何か)を重ね、元気づけようとしているようだ。
「ありがとう、ジョニー……、──あの、この事件のことなんです」
 キャサリンは、鞄から『ロンドド☆タイムズ』を取り出した。
「──!」
「──!」
 ピシャーンと、探偵とその助手の背後に、雷が落ちた。
 二人は、一面の写真と、ジョニーとを何度も見比べる。なぜ気付かなかったのだろう。写真のモノノケも、目の前のジョニーも、丸くてふわふわで浮いているという事実。
 シャルロットは、大きく、息を吐き出した。
「残念だが……ジョニーさん、犯した罪は、償わなくては……」
 バキッ
「いくらシャルロットさんでも、それ以上いったら、わたし、怒ります!」
「はっはっ、それ以上も何もすでに痛い」
 キャサリンは、ハァーと拳に息を吹きかけ、ソファに座り直す。そんなキャラだったっけ? とエリスンは思ったが、口には出さない。
「でも、その新聞に載っている『白いモノノケ』というのが、ジョニーに似ているのは、確かなんです……。それで、ご近所の方々が、よってたかってジョニーを捕まえようとしてきて……わたし、もう、どうしたらいいのか……! 今日だって、朝からみなさんが包丁や鉈を持って押し寄せてきて……!」
 それは、なかなか壮絶な光景だ。
「まあ……それは、大変でしたわね。今朝は、なんとか逃げて?」
「いえ、拳で話し合ったら、わかっていただけました」
「…………」
 拳かー……──探偵と助手は、一瞬窓の外を見て気持ちを落ち着かせた。ツッコミどころは見極めなくては、こちらも『話し合い』に参加させられかねない。 
「ふむ……つまり、今回の依頼は、いま世間を騒がせている白いモノノケを捕らえ、ジョニーさんの潔白を証明する──ということで、いいのかな?」
「はい……」
「ヒュイ」
 二人(?)はうなずいた。相当参っているのか、キャサリンはうつむき、涙をこらえるように目頭を押さえている。最愛の生物が、『モノノケ』だと疑われているのだ。無理もない。
「でも、この写真、本当にジョニーさんにそっくりよね……。ジョニーさん、このモノノケに、心当たりはないんですの?」
 エリスンが問うと、ジョニーはふいっと目を逸らした。
「ヒュイ」
 続く、良い返事。
「……ジョニーさん?」
 エリスンがぐるりと首を曲げ、ジョニーの正面に回り込む。
「ヒュイ」
 目を逸らされた。
「ジョニー? まさか、あなた、この白いモノノケのこと、何か知っているのっ?」
 キャサリンがジョニーの胸ぐら──胸ぐらはないので、白いもこもこの中央あたり──をつかみ、がっくんがっくんと揺らす。
「ヒュイー、ヒュユユ、ヒュィ〜」
「知っているなら教えて、ジョニー!」
「っヒュイ、ヒュイーー……」
ジョニーのヒュイがだんだん弱々しくなっていく。さすがに探偵サイドがキャサリンを取り押さえると、ジョニーはヒュイッヒュイッと咳きこんだ。
「ジョニーさん、もしも何か知っているのなら、教えていただきたい」
「そうよ、ジョニーさんの潔癖を証明するために」
 二人から詰め寄られ、ジョニーは視線を彷徨わせた。
「ヒュイー……」
 それから、いいづらそうに、口を開く。
「ヒュイ、ヒュイヒュイヒュゥ……ヒュヒュイ、ヒュユー。ヒュイヒュイ、ヒュイ、ヒュイヒュゥ、ヒュイー」
「まあ……それは本当なの、ジョニー?」
「そうだったのか……!」
「そうだったのね……!」
 とりあえず盛り上がっておいて、シャルロットとエリスンは、キャサリンを見つめる。通訳プリーズ。
「白いモノノケは、おそらくマイケルだろうと、いっています。かつて、旅の途中で出会ったらしく、ジョニーのことを狙っているとか……」
 どこからつっこむべきか、シャルロットとエリスンは、そのままたっぷり数十秒、沈黙する。
「マイケル……」
「………………旅?」
 それぞれ、思い思いの場所へつっこむ。
「ヒュイー」
「できれば、彼とは戦いたくない、だそうです」
 チーン、とオーブンが鳴った。
 世の中は謎がいっぱいだ。それはそれとして、とりあえずマドレーヌを食べることにした。



「さて、マイケル君を捕まえる手はずだが──実は、私に名案があるのだ。聞きたいかね?」
「聞きたくないわ」
「うむ、いいだろう。私が考えた作戦とは、ずばり、これだ!」
 すっぱりと切り捨てられたので、シャルロットは聞かせるのではなく、作戦の実物を見せた。
 どこからどうやって調達してきたのかわからないそれを見て、エリスンは絶句し──何が何でも、この作戦にだけはのるものか、と決意した。
 しかし、所詮は助手の立場。なんだかんだといいくるめられ、
「本当に、これで効果が……?」
 上司と二人で、街道を歩いていた。
 ピンク色の、ワンピースを着て。
「ふぁっふぁっふぁ。ほちろんだよ、へりすんくん」
 隣のシャルロットは、あろうことか、白くて丸い、もこもこの着ぐるみを着ている。
「聞きづらいから、しゃべるときは口を出してちょうだい」
「ふむ」
 シャルロットは、着ぐるみの口の部分をかっぷりと開け、そこから顔の下半分をのぞかせた。空気がおいしい。
「もちろんだよ、エリスン君。マイケル君は、ジョニーさんの命を狙っているのだろう? こうして、エリスン君がキャサリンさんに、私がジョニーさんになりすまし、堂々と街を歩くことで、マイケル君をおびき寄せるという完璧な作戦だ。題して、『あれ? ジョニーさんかと思ったら探偵だった! なんてこった騙された! 飛んで火に入るマイケル君』作戦!」
「長いわ」
「では、あれ作戦としよう」
 そこだけ取ったのでは、もうなにがなんだかわからない。
「それにしても……」
 エリスンは、隣を歩く上司の姿を見やり、疲れたようにため息を吐き出した。
「あれ作戦に問題があるとしたら、真っ先に挙げられるのは、あなたのその姿だと思うわ」
 問題は「あるとしたら」どころではなかったが、あえて柔らかめのいい方をチョイスする(いっても自分が疲れるだけだから)。ふふん、とシャルロットは笑った。
「ジョニーさんとの見分けがつかなくて困ってしまう、ということかね?」
「…………」
 シャルロットが着ている着ぐるみは、頭の先から膝のあたりまでの、白くて丸いもこもこだ。丸い、とはいっても、ジョニーのような狙い澄ましたまん丸ではなく、便宜上、細長い楕円になっている。しかも、その楕円からは二十代の男性の手足がにょきにょき生えているという異様さ。
 道行く人が、ひそひそと噂しているのが聞こえる。視線が痛い。
「ジョニーさんというより、変態ね」
「はっはっ、嫉妬のあまり憎まれ口とは。かわいいところがあるじゃないか、エリスン君」
「あたしが、何に嫉妬するの?」
「この着ぐるみ、着たかったんだろう?」
 エリスンは目を逸らした。ということは、その場合、キャサリンのワンピースはシャルロットが着たのだろうか。それはちょっと興味がある。
「仕方ないな。もし、今日でマイケルさんを捕らえることができなかったら、明日はかわってあげよう」
「……。…………。……わかったわ」
 恥<興味。
「まあ、とはいえ、今日でこの事件は解決しそうだがね」
「──え?」
 道の脇から、シュッと白くて丸くて浮いている物体が飛び出した。こちらの姿を確認すると、その生物は手(のような短い何か)を挙げ、
「ヒュイー」
 と、一声。
「ふふふ、出たな、マイケル君!」
「あら、ジョニーさん」
 探偵と助手は、それぞれ別の名を口にした。
「なにいってるの、ジョニーさんじゃない。どうしたの、シャルロット」
「……む? いやいや、しかし、あれ作戦でおびき寄せた以上、マイケル君だと見るのが妥当だろう」
「え? だって、どこからどう見てもジョニーさんよ」
「だが、新聞の記事を見る限りでは、ジョニーさんとマイケル君は酷似していたではないか」
二人は顔を見合わせ、それからジョニー(仮)を見た。
 ジョニー(仮)は、丸い目をますます丸くして、
「ヒュイ。ヒュヒュゥ、ヒュイ〜」
 何やら、説明したようだった。
 どうしようもない沈黙がおちる。
 ──何をいっているのか、わからない。
「そうだわ! キャサリンさん! キャサリンさんはどうしたのかしら?」
 エリスンの言葉に、シャルロットもふむとうなずいた。
「なるほど。キャサリンさんなら、何をいっているかわかるはずだ。それに、見分けもつくだろう──では、とりあえずジョマイニーさん、一緒に来ていただこうか」
「ヒュイー」
 ジョマイニー(仮)が、うなずこうとする。そこへ、もうひとつ、別の声が響き渡った。
「ヒュイー!」
 通りの向こうから、丸くて白くて浮いている生物が新たにやってきたのだ。二人は頭を抱えた。
「ジョマイニーさんが増えたわ!」
「だがしかし、これでどちらかは確実にマイケル君といういことだ」
「そ、そうね……じゃあ、両方についてきてもらえれば……」
「ヒュイ、ヒュイヒュゥ、ヒュイヒュイ」
 ところが、ジョマイニー(後)が、短い両手を広げて、何事か訴え始めた。ジョマイニー(前)もまた、それに応えるように、ジョマイニー(後)に近づいていき、
「ヒュイ、ヒュイヒュイ」
「ヒュイヒュゥ。ヒュイーヒュイー」
「ヒュヒュイ、ヒュイ」
「ヒュイー」
 会話(?)を始めてしまった。
「今更だけど、ぜんっぜんわからないわね……」
「ふむ、サイズも色合いも、何もかも同じに見えるな」
 白く、ふわふわもこもこの身体。大きくてつぶらな瞳。それらすべてが酷似していた。しかも、声の調子や見た目から喜怒哀楽を推察することも難しいので、どういったやりとりをしているのかも見当がつかない。
 それでも、会話らしきものをしているところに割り込むのはためらわれて、もう少し様子を見ることにする。
「ヒュイヒュイ、ヒュィ、ヒュゥ」
「ヒュゥヒュイー。ヒュイーイッイッイッイッ」
「──! 笑った! いま、どっちか笑ったわ!」
 エリスンがすかさず反応する。ジョニーとはそれなりに長い付き合いだが、笑ったところなど見たことがない。
「笑ったほうが、マイケル君とみるのが自然だな。笑ったのは、どっちだね?」
「ヒュイー」
「ヒュイー」
 二人(?)は、まったく同じ角度で身体を傾けて、シャルロットを見上げた。
 埒があかない。
 すでに、このコスプレ男性と異様な生き物二人(?)の姿に臆したのか、通りは無言の通行禁止状態になっていた。人々が、遠巻きにこちらを見ている。
「これは、もう、しかたないな」
 シャルロットは両手を伸ばし、二人(?)の首根っこ(にあたるだろうと思われる場所)をつかんだ。猫でも扱うように、ひょいと持ち上げる。
「エリスン君、私はジョニケルさんたちを連れて、探偵社に戻るとするよ。君は、キャサリンさんを探してきてくれたまえ」
「わかったわ」
 こうして、大きな白いもこもこに、小さな白いもこもこが二つ、連行された。

「ジョーーーーーニーーーーーーー!」
 探偵社の扉を開け放ち、キャサリンが飛び込んできた。
 目の前の光景に、目を見開く。
「ジョニーが、三人……!」
「ヒュイ」
「ヒュイ」
「ヒュイ」
「……どうしてまだ、その着ぐるみを着ているの、シャルロット」
「愚問だな。気に入ったのだよ」
 シャルロットは、着ぐるみの口の部分を開けて、器用にパイプを吹かした。
「君たちがここにくるまでの間、私はどっちがジョニーさんでどっちがマイケル君なのか、見分けることに成功してしまったよ」
 いつになく自信満々な様子に、エリスンは息を飲む。
「ほ、本当なの?」
「もちろんだとも。こっちが、マイケルさんだ──!」
 シャルロットは、びしぃっと右側に転がるジョマイニー(またはジョニケル、ともに仮)を指した。ごくり、とエリスンが息を飲む。
 まさに、いま指さされたジョマイニー(略。仮)のもとへ駆け寄り、キャサリンは目に涙を浮かべながら、熱い抱擁をした。
「ジョニー! 急にいなくなったら、心配するでしょう……!」
「……違うじゃない」
 エリスンが、シャルロットを見る。その指先は、いつの間にか第一関節だけ曲げられ、もう一方のジョマイニー(仮)を示していた。
「あ、ずるい! 大人げないわ!」
「はっはっは、いいがかりはよしてくれたまえ」
 二人のやりとりをよそに、キャサリンはジョニーにほおに口づけをし、もう一度抱きしめた。それから、マイケルを睨みつける。
「あなたね……! あなたのせいで、わたしのジョニーが犯罪者扱いされたのよ! 許さないわ!」
 マイケルは、大きな瞳でキャサリンを見上げた。
 その丸い身体が、小刻みに震え出す。
「ヒュイッイッイッイッイッ」
 笑っているようだ。
「ジョニーを狙っているんでしょう? させないわ!」
「ヒュイヒュイ、ヒュイッイッイ」
「──! なんですって? 勝負をするしかないようね……!」
「ヒュイー、ヒュイー」
「止めないで、ジョニー。これは、わたしの戦いなの」
 ぷはーとパイプを吹かしながら、シャルロットはその様子を観察していた。
 キャサリンが参入したところで、やはり何が何なのかわからない。
 エリスンも、ああ疲れた、とかいいながら、ソファに腰をおろす。なんだかもう、終わった気分だ。
 話が付いたのか、ジョニーが一歩下がり、キャサリンとマイケルは正面切ってにらみ合いを続けた。
「……いいわ、勝負ね、マイケル」
 膠着状態の後、つぶやいたキャサリンの言葉に、『勝負』は始まった。
「ヒュイーーーーー!」
「甘い! 甘いわ! そんなもので、わたしに勝てるとでもっ?」
 シャカシャカシャカシャカ
 キャサリンとジョニーは、恐ろしいほどの勢いでキッチンへ走り込むと、ボウルに何やら材料を入れ、かき混ぜ始めた。
「両者とも、なかなか良い動きだな。特にマイケルさん、あの身体でよく機材を扱えるものだ」
「そうね。……っていうか、何の勝負?」
 マイケルは油を熱し始め、キャサリンはオーブンで焼き始める。
 やがて、ドーナツとケーキができあがった。
「ヒュイヒュイ」
 ジョニーがふよふよ飛んでいき、片方ずつを静かに食す。
 その様子を見守るような、長い、長い沈黙。
「ヒュイ」
 ジョニーは、ピンク色の旗を掲げた。
「やった! 勝ったわ!」
「ヒュイーーーー!」
 キャサリンは歓喜し、マイケルはぐったりとうちひしがれた。それから、きっと顔を上げ、キャサリンを睨む。
「ヒュイ……ヒュイヒュイ、ヒュイヒュゥ」
「望むところよ……いつでも、かかっていらっしゃい!」
「ヒュイ!」
 マイケルは、探偵社の扉を開け、泣きながら飛び去っていった。
「ふうー」
 実に満足げに、キャサリンが汗を拭う。
「あのう……結局、何?」
 いいにくそうに説明を乞うと、キャサリンは清々しく微笑んだ。
「彼女と、ジョニーの恋人の座をかけて、勝負したんです。もちろん、わたしの圧勝でした! わたしたちの愛は不滅よね、ジョニー」
「ヒュイー」
 二人(?)は、ぎゅっと抱き合った。
 シャルロットはパイプを吹かし、エリスンは固まったまま、キャサリンの言葉を思い出していた。
「狙ってるって……そういうこと……?」
 ピンクピンクした幸せオーラの隣で、エリスンはなんだか疲れ切って、大きくため息を吐き出した。


 翌日、ロンドド☆タイムズの一面に、『白いモノノケ、またも飲食店を襲う!』という記事を発見し、探偵とその助手は、あー捕まえるの忘れてたなー、と当初の目的を思い出したが、思い出さなかったことにした。





 舞台はフォームスン探偵社。
 シャルロット=フォームスンは、コーヒーカップを持ち上げ、着ぐるみの隙間から口に流し込む。
 それからこちらを見て、方眉を上げて少し笑うと、挨拶するように片手を持ち上げる。
「やあ、みなさん、こんにちは──。ずいぶん久しぶりになってしまったが、いかがお過ごしだったかな? ああ、もちろん、私としてはもっと早くにみなさんの前に現れるつもりだったのだがね。世の中、なかなか思い通りにいかないものだ。
 ──え? 一話分が短い? はっはっは、そんなことは私にいわれても困るよ。まあ、大人の事情というものがあるのだろう。そんなに目くじらたてないでくれたまえ。
 そうそう、マイケル君はあの後、ディンドンの森に住む魔女のもとで暮らしているという噂が流れているが……どうかな。キャサリンさんは、日々、愛のためにマイケル君と戦っているそうだよ。
 久しぶりに活躍したら、何やら疲れてしまったな。私はそろそろ失礼するよ。また……そうだな、今度はできるだけ近いうちに、みなさんの前に現れると約束しよう──」
 つづく高笑い。エリスンに着替えを用意するようにいいながら、部屋をあとにするシャルロット──暗転












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