「やりやがったな、ムッツリタレ目」
 突然かけられた声に、リストはびくりと首をすくめた。遅れて、冷や汗。
 予想しなかったわけではない。が、できれば今日という日は、会いたくなかった相手が、噴水の影からこちらの様子をうかがっていた。クルイークだ。黒縁眼鏡の奥で、赤い瞳が文字通り光っている。
「アエルちゃんもさ、そんな胡散臭いの、ほいほい口に入れたらまずいだろ。毒殺でもされたらどーすんの」
 両手をポケットにつっこみ、のらりくらりと近づいて、アエルの手にする紙袋をのぞき込む。うわ不味そ、と余計な一言を加えた。
「なに、クルイーク。食べたいの?」
 名を呼ばれただけで、クルイークは少し嬉しそうな顔をする。アエルとクルイークの間の、ごくごく狭い隙間にむりやり身をすべらせて、リストはクルイークを押し戻した。わざとらしく咳払い。
「これは、ダメ。そんなに食べたいなら、君にも作ってあげるから」
「いらねーよ! アホか!」
「え、これ手作りなの?」
 クルイークとアエルの声が重なって、リストはタレた目をつまらなそうに細めた。ため息まじりに、疲れた声を吐き出す。
「すごく頑張って作ったんだけど」
「ふうん。暇だね、おにーさん」
 しかし頑張りはあまり伝わらなかったようだ。特に感銘を受けた様子もなく、アエルはもう一つを口に放り込む。食べ続けている、ということはおいしくできたのだろうと解釈をして、リストは思いきって問いを口にした。
「で、さ、アエル君。ココアとビターと、どっちが好き?」
 目を輝かせている。期待の込められた目だ。さらにもう一つを口に入れて、アエルは首をかしげた。
「どっちもふつう」
「ああ、うん、なんかそんな気がしてた」
 リストは遠い目をした。特になにを期待していたわけでもないが、こうも予想どおりだとちょっぴり寂しい。がんばれ、自分。
「ムッツリの手作りなんてやめとけって。こっちこっち、こっちが絶対うまいから」
 リストの後ろから顔をだして、クルイークが茶の紙袋を差し出した。リストの持っていたのが、妙にかわいらしい装飾に凝っていたのに対し、こちらは商店で買い物をすればもらえる、なんの変哲もない紙袋だ。クッキーをかじったまま、アエルは差し出されたそれを受け取る。
 中をのぞいた。徳用のクッキーが詰まっていた。
「またクッキー」
 どうやら感動は少ない。リストがほくそ笑む。
「人のことをムッツリとかなんとかいって、君も用意してるんじゃないか」
「使えるイベントはなんでも使うんだよ、オレとアエルちゃんの歴史をなめんなよ。黙ってろムッツリタレ目。つーか帰れムッツリタレ目」
「タレ目はともかく。ムッツリってやめてくれないかな。悪いけど俺、ムッツリじゃないよ。そういうことは、オープンに大好きだから」
「変態じゃねーか」

 男性陣の盛り上がりは放っておいて、アエルは飽きたとばかりに周囲を見わたした。休日の中央公園は、家族連れやカップルで賑わっている。
 クルイークからのクッキーも一つ口に入れ、ふと、噴水脇の立て看板を見た。先ほどまではなかった看板だ。隣には、台車を引いた若者。テーブルを出すと、布を広げ、袋詰めにされた色とりどりのクッキーを並べていく。オープン、の札が掛けられた。ここで販売をするということらしい。
 ふうん、とアエルは鼻を鳴らした。少しだけ考えて、二つの紙袋から、それぞれ一枚クッキーを取り出す。
「リスト、クルイーク」
 声をかけると、二人はすぐに振り返った。リストがなにやら感動しているが、無視。
「はい、これ」
 リストにはクルイークの徳用クッキーを、クルイークにはリストの手作りクッキーを、無造作に手渡した。
「仲良くね」
 捨てぜりふを残して、すたすたと歩き出す。呼び止めようとする刹那、アエルの向こう側に立て看板が見えて、二人は絶句した。

『クッキーであの子と仲良くなろう!』

 ピンクの文字で、これでもかと大きく書かれている。
「ちょ、ちょっと待ってアエル君」
「そりゃないだろ、アエルちゃん!」
 二人の悲鳴が追いかけてきて、アエルは少しだけ微笑んだ。
 
 


おしまい!









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あ〜〜楽しかった>< 旧友に再会できたみたいな気持ちでした。

読んでいただき、ありがとうございました。