親愛なるガルディーへ
引っ越しして、早一月がたちました。お元気ですか? 私はとても元気です。
そんなことより、ガルディー聞いてください。今日、やっと引っ越しの片づけが終わったので、ご近所にご挨拶に行ったのです。そこで、素敵な出会いがありました。
お隣の建物に、なんとなんと、名探偵が住んでいたのです。
名探偵ですよ? 名探偵! 本人がそう言っていたのですから間違いありません。
しかも、とっても美しいお顔立ちなのです。ああ、私、生きていてよかった。あなたは、私のことを探偵小説バカなんて言っていたけれど、実在したのです。私の求めていた人が……
(長いので中略)
つまり、彼、シャルロット・フォームスンは私の求めていた、若くて顔の良い名探偵の具現化なのです。それに、シャーリーとシャルロットってなんだか響きが似ていませんか? これって運命だと思うのです。
ですから、(中略再び)
また、お手紙を書きますね。
シャーリー・マネテラーより
***ガルディーからシャーリー***
親愛なるシャーリー
ご無沙汰しています。こちらもすっかり春めいて、あちらこちらで花が咲き始めました。
先日のお手紙を拝読して、君が相変わらず元気だとわかり、ホッとしています。
しかし、君は本当に変わっていないようですね。それは少し残念です。
いや、こちらの話です。
それにしても、名探偵が隣に住んでいるなんて、信じられません。それに、本人が名探偵だと言ったというのですか?
それは妙です。普通自分で名探偵なんて言うでしょうか。よっぽどの自信家か、馬鹿のどちらかです。
どうか、妙な男に引っ掛かりませんよう。
君はいつもふわふわ妄想ばかりしているから心配です。
それでは、くれぐれもお体に気をつけて。
ガルディー・イケテル
追伸 引っ越しのあいさつは引っ越しの当日にするものではないですか?
***シャーリーからガルディー***
前略
ガルディー、聞いてください。
今日、私はいつものように影から、フォームスン探偵社を見つめていたのです。
そして、あの、探偵七つ道具を発見したのです。名探偵につきものの、あの、探偵七つ道具です。
間違いありません。
それは、フォームスン探偵社のドアの前に浮いておりました。
最初、私は白い風船だと思ったのです。
ですが、それは「ヒュイ」としゃべったのです。よく見ると、目らしきもの、口らしきものも付いていました。
その後、ドア越しにシャルロット様と言葉を交わし、開いたドアに、可愛らしい女性と一緒にふわふわと漂いながら入って行ったのです。
私はすごいものを見つけました。きっと地下の秘密基地で、秘密裏につくられたロボットに違いありません。(一緒にいた女性は、きっとあの秘密道具を作った博士なのでしょう)
飛んでいましたし、きっと武器にもなるはずです。ああ変形する姿が目に浮かぶ(中略)何はともあれ、名探偵ってやはり素敵です。謎多き名探偵。いい響き……
(便せん八枚分中略)
とりあえず、目下私はあの秘密道具とシャルロット様との間で交わされた「ヒュイ」という暗号を解く手がかりを探そうと思います。
また、ご報告しますね。
草々
***ガルディーからシャーリー***
シャーリーへ
日を追って暖かくなってまいりましたが、お元気にお暮らしの由、何よりと存じます。
お便り、拝読しました。
なんといいましょうか、どこからつっこんでほしいですか? と、問わずにはいられません。
とりあえず、疲れるので最初の一つだけつっこむことにします。
君、いつもフォームスン探偵社を影から見つめているのですか?
はっきり言いましょう。
それは見つめているというより、覗いているといった方がいいのです。
覗きです。
下手をすると犯罪になるので、気を付けてください。
君は何のためにそこへ行ったのですか? 郊外の学校で学びたいからとこちらを出て行ったのでしょう。
ご両親があの手紙を見たら泣きますよ。通報される前に覗きはやめて、勉学に励んでください。
ガルディーより
追伸 白い秘密道具というのは、きっと、ウレルデ社か、モウカリマッカー社の最新おもちゃでしょう。(最近は高性能なおもちゃが多いのです)秘密道具を見たなんて学校で言いふらさないように。
***シャーリーからガルディー***
親愛なるガルディーへ
今日はとても残念なお知らせをしなければなりません。
今をもってもあの「ヒュイ」という暗号が解けないのです。探偵小説バカの名折れです。恥ずかしいです。
なんとか暗号が解けるまではと思い、手紙を書くのを我慢していましたが、解けないのでもういいかと、こうして今手紙を書いています。
それにしても、前回のあなたからの手紙について反論があります。
私はちゃんと勉学に励んでいますよ。それに、シャルロット様を観察しているのは、私の趣味です。愛のなせる業です。覗きではないのです。
それだけは理解してくださいね。
シャーリーより
あなたを真似して追伸 ねえ、ガルディー。あなた一度頭を茹でてみたらどうかしら? きっとその硬い頭もやわらかくなってよ。
***ガルディーからシャーリー***
親愛なるシャーリーへ
前略
お手紙、拝読しました。
シャーリー、安心してください。残念などと思いません。むしろ、君が暗号を解くことを諦めてくれて喜んでいるくらいです。暗号を解いたなんて書かれていたら、君の頭をより一層疑ったことでしょう。
反論に反論したいところですが、君が言うことを聞くとも思えないので、もういいです。
それに、君のことはとっくに、理解しているつもりですよ。ええ、嫌というほどね。
愛は盲目といいます。どうか、その探偵社の方々にご迷惑だけは掛けないようにしてください。
ガルディーより
追伸 君のお母さんから、なぜかこの時期に手作りのセーターを託されたので、この手紙と一緒に送ります。冬まで待ってから着てください。
追伸二 頭を茹でてみるという君の案は考えておくよ。君は一度、頭を雪の中にでも突っ込んでみてはどうだい。まあ、冬にしかできないけれどね。
***シャーリーからガルディー***
親愛なるガルディーへ
聞いてください、ガルディー。あなたの言ったとおり、彼、シャルロット・フォームスンは名探偵ならぬ迷探偵でした。
それが分かったのは、私が彼の後姿に惹かれて彼の後ろを歩いていた時のことです。不意に彼が振り向き私と目があったのです。
私は意を決し、レディーらしく挨拶をしました。
すると、彼は
「ははは、お嬢さん以前どこかでお会いしましたか?」
と、言ったのです。彼は名探偵ではありませんでした。一度、引っ越しのご挨拶に伺ったときに、会っているのに覚えていなかったのです。
名探偵は一度見たモノは何でも記憶しておかなくてはいけないはずですよね。それに、私がいつも後をつけていたことを気づいていなかったという証拠でしょう? 名探偵ならば、絶対気づいているはずなのに。
なぜ後をつけるのかと問い詰める名探偵に「あなたが好きだから」と、告白するという私の華麗なる計画が台無しです。
とてもガッカリして、私は彼と別れ、泣きながら歩いていました。
その時、ある女性が声をかけてくれました。
フォームスン探偵社に勤めている、エリスンさんでした。(金髪のとても綺麗な女性なのです)
エリスンさんは私のことを覚えていてくださっただけでなく、泣いている私を事務所へ呼び、焼きたてのアップルパイを御馳走してくださったのです。
それはなんとも形容し難い、今まで食べたことのない、驚愕の味でした。アップルパイなのに、アップルパイではないような、アップルパイのような、なんだか分からないような、分かるような味だったのです。もの凄い味との出会いでした。悲しみが一瞬にして吹き飛んだのです。
私は確信しました。
彼女こそが私の求めていた名探偵だったのです。(彼女は私が彼の周りをうろちょろしているのを気づいていました。「最近よく見かけるから気になっていたのよ」と言われたのです)シャルロット・フォームスンは名探偵である彼女の影武者のような役割を果たしているのでしょう。
明日からは、彼女をお姉さまと呼ぶことにしました。愛は移りゆくものですね。
新しい恋を見つけたシャーリーより。
***五日後***
シャーリー・マネテラーは、エリスン・ジョッシュの後をつけているところを、ガルディー・イケテルと彼女の両親に捕獲され、実家に連れ戻されたという。
こうして、シャーリー・マネテラーの短く淡い禁断の恋は、儚く散ったのである。
〜END〜