スイーツレッドVS怪人パンプキン 

 

 スイーツレッドVS怪人パンプキン。
 戦闘、開始。


「今日こそ年貢の納めどきだ、怪人パンプキン!」
 スイーツレッドがスイーツソードを突きつける。
 怪人パンプキン──に扮した山野竜一は、セリフも忘れて後ずさった。
 テーマパークのヒーローショー、甘味戦隊スイーツジャーVS怪人パンプキン。カボチャを無理矢理食べさせようとする怪人パンプキンを、スイーツレッドがやっつけるという、それだけのステージだ。
 テレビでやっているおなじみの戦隊ヒーローではなく、地方が推しているオリジナルヒーローであるためか、観客は少ない。ひどく少ない。
 最初からそれほど用意されていない観客スペースに、家族連れがちらほら。皆、さして興味もなさそうな顔で見ている。ママー、あれなに戦隊なのー。さあねえ知らないわねえ。
 それでも、これも大事な仕事だ。竜一は腹に力を込めた。
「そ……それが、ヒーローのやることか!」
 しかし、台本とは違うセリフが口から飛び出してしまった。
 なぜこんなことになっているのか。カボチャのかぶり物の隙間から観客席に目をやると、当然のように同僚が座っていた。イベント会社の同期、現在の役はスイーツレッドのはずの、三井健二。
 ならば、レッドスーツを着ているあれは、だれだ。いや、本当はわかっていた。しかし理解が追いつかない。
「ヒーローのやることさ! こうでもしなければ、おまえはいつまでも煮え切らないままだろうからな、怪人パンプキン。ヒーローは、手段を、選ばない!」
 何やら名言っぽいものが飛び出したが、どちらかというと悪役のセリフだ。竜一は息を飲む。
「TPOを、考えたらどうだ!」
 思わず常識的なことをいってしまった。スイーツレッドは鼻を鳴らす。
「とっても、パイナップル、OK?」
「ノットOK!」
 竜一は急いで頭を巡らせた。なんとかしてこのステージを無事にこなさなければならないのに、どうやら自分以外は皆あちら側らしい。スイーツレッド以外のメンバー──スイーツブルー、ブラック、イエロー、ピンク、戦闘員の皆様方まで、観客席に回り込んでくるのが見える。全員がグルなのだ。
 ちくしょう、あとで社長にいってやる──
 そう心の決める竜一の目に、信じられないものが映った。
「いけー、スイーツレッドー!」
 風格を漂わせたナイスミドルが、観客席の後ろで歓声を飛ばしていた。
 イベント会社社長、立川十三郎。
「あんたもか!」
「ごちゃごちゃうるさいぞ、怪人パンプキン」
 スイーツレッドはスイーツソードを構えたまま、じりじりとにじり寄ってくる。
「これだけの客の前で、なおも尻尾を巻いて逃げるというのか。逃げ続けて八年──そろそろ、潮時だとは思わないのか」
 ママー、レッドなのに女だー。
 観客席から、子どもの声。
「いまこのときに決断しないのならば、私はおまえの前から姿を消そう」
 スイーツレッドとなっているのは、女性だった。ぴっちりスーツではそのナイスバディは隠しようがない。そしてもちろん、声も女性のそれだ。
 そして、観客たち──なかでも大人たちは、このステージの意味に、気づいていた。
「逃げるなー、パンプキン!」
「頑張って、スイーツレッド!」
 家族連れの親の方が、白熱し始める。
 竜一は奥歯を噛みしめた。
「きったねえぞ、清子!」
「うるさいわね! もういい加減手段なんて選んでらんないのよ! さっさとサインしなさい、竜一!」
 スイーツレッド──否、安田清子の構えるソードの先には、紙切れがくっついていた。
 ただの紙切れではない。
 いや、タダではある。ただし、役所に行かななくてはもらえない紙切れだ。
「こんな方法でサインしたとして、お前はそれでいいのか!」
「いい! すごく、嬉しい!」
 きっぱりとした肯定に、一瞬、ステージに沈黙が訪れる。
 聞いていてちょっと恥ずかしい、それでいて全力で応援したくなる、この対決。
「負けないでスイーツレッド! もう一押しよ!」
「男らしくないぞ、怪人パンプキン!」
「部外者は黙っててもらえませんかねえ!」
 思わず竜一は叫ぶが、部外者もなにもステージを見に来ている客なのであって、いまこの状況では、まさにこの状況を見届ける証人なのであって。
 さすがに、逃げられそうになかった。
「……くそっ」
 竜一は、舌打ちした。
 なぜこんなことになってしまったのか。なにが彼女を、そこまでさせてしまったのか。
 そんなことは、考えるまでもなかった。
「しょうがねえ」
 硬い声でつぶやいて、正面から、スイーツレッドに向き直る。
 これほどの強硬手段に出ておきながら、目が合うと、清子はびくりと震えた。
 よく見れば、足も小刻みに震えている。
 怖いのだろう。
 ここに立っているのが、ではない。答えを、聞くのが。
 そんな思いをさせてしまっていたことを、悔やむ。同時に、愛しさがこみ上げた。
 本当は、もう少し稼ぎが良くなってからとか、そんなことを考えていた。こんなバイトみたいな仕事じゃなくて、ちゃんとサラリーをもらえる会社に就こうかと、考えたこともあった。
 いわなくても、形を変えなくても大丈夫だと思っていたのも、本当だ。
 甘えていたのだ。
 しかしもう、それではいけない。
「はっきりさせなきゃって、思ってなかったわけじゃねえ……イイワケだけどな。ほんとなら、こんな形じゃなくて、ちゃんと」
 観客全員が、息を飲む。
 清子の声が、小さくなる。
「どういう、意味?」
「待たせて悪かった」
 怪人パンプキンは地を蹴った。
 マントをなびかせて一直線に駆け寄って、スイーツレッドを抱きしめた。
「結婚しよう、清子」
 スイーツブルーが、ブラックが、イエローが、ピンクが。
 戦闘員が、社長が、他のスタッフが。
 そしてもちろん、観客が。
「……ぃやった────!」
 皆いっせいに立ち上がり、歓声をあげる。
「はい……!」
 ヒーローマスクを涙でぐちゃぐちゃにして、清子が竜一に抱きつく。
 竜一はその頬にカボチャの口でキスを落として、婚姻届にサインをした。

 スイーツレッドVS怪人パンプキン。
 戦闘結果──スイーツレッドの圧勝、または引き分け。
 見方によっては、怪人パンプキンの常勝。