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   Beauty Black




「ね、吉永さんは知ってる? なんでも願いを叶えてくれる、妖精の話。この学校にね──」
「バカじゃないの。なんでアタシがあなたたちと一緒に、仲良くオハナシしなきゃいけないの。価値が下がるでしょ、価値が。他でやってくれない」
 吉永ソニアはいい放った。クラスメイトたちは顔を見合わせて、すごすごと離れていく。美人だけどヤな女──これみよがしな悪態が聞こえてきたが、ソニアはまったく意に介さなかった。美人という言葉が聞こえてきたからだ。わかっているなら、それでいい。
 吉永ソニア。純日本人だが、カタカナでソニアだ。ソニアはこの名前が気に入っていた。美人の自分によく似合う。両親は並の容姿だが、自分を絶世の美女に生んでくれたことには感謝している。
 ソニアは自分が世界一かわいいと本気で思っていた。中学も高校も、制服のかわいらしさで選んだ。大学は、品性を高められる淑女学校へ進むつもりだ。大学生活のうちに将来有望なジュニアをつかまえて、未来は社長夫人。彼女のプランは完璧だ。事実、十七年間、思い描いた通りの生き方をしてきた。
「ほう、おぬし、美しいのう」
 不意に、声が聞こえた。
 ソニアは眉をひそめ、周りを見た。いつのまにか、教室には自分ひとりになっていた。さっきまでたくさんのクラスメイトがいたはずなのに。
 声など、気のせいだったのだろうか。なんだか気味が悪くなって、急いでスクールバッグを肩に引っかける。長い髪を後ろに払うと、さっさと歩きだそうとした。
 しかし、できなかった。
 長い髪の端を、誰かに捕まれていた。くん、と頭が後ろに引かれる。
「待て待て。せっかく褒めているのに、礼もいわず去るやつがおるか」
 今度ははっきりと、聞こえた。ソニアはほとんど反射だけで振り返った。
 そこには、小さな人間がいた。
 幼いころ、絵本で読んだこびとを思い出した。ソニアの机の上に、十センチあるかないかの、小さな小さなひとの姿。
 しかし、絵本のそれとはひどくイメージが異なっていた。
 マゲを結っている。何やら重そうな、仰々しい着物を着ている。
「……妖怪?」
「失礼な。妖精じゃ」
「マジで」
 ソニアは鼻を鳴らした。クラスメイトの話が頭をよぎる。これが見間違いにしろ夢にしろ、たとえ現実であったにしろ、とりあえず怖くはなかった。身をかがめて、自称「妖精」のマゲをつまむ。
「へえ、ちゃんと触れる。気持ち悪い」
「貴様、ほんに失礼じゃな。せっかくそれほどの美を持っておるのに。なんと惜しい逸材よ」
 妖精は嘆いた。悪い気はせず、ソニアはにっこりと微笑んでやる。ソニアにとっては、内面の美しさなどどうでもよかった。そんなものはいくらでも取り繕うことができるのだと、経験から知っていた。
「妖精さん、アタシになにか? あんまり美しいから出て来ちゃったの?」
 妖精を机に戻してやると、床にしゃがんで、あえて上目遣いを披露する。ふむ、と妖精はなにごとかを思案するように、顎に手をあてた。ソニアの顔をまじまじと見る。
「そうじゃな。おぬしの美しさに惹かれ、思わず出て来てしまったのは事実じゃ。だが惜しい。本当に惜しい。完全なる美かと思えば、おされの基本もなっておらんとは」
「──聞き捨てなんないけど」
 ソニアは怒りを露わに目を細めた。内面をどうけなされようとも響かないが、おしゃれというのならば外見のことだろう。
 朝は一時間かけてメイクをして出てくるというのに。学校でも、休み時間ごとにトイレで美のチェックをするというのに。
「何が足りないのよ。いちゃもんつけてると、ひねりつぶすよ」
「いやちょっと! わしは妖精じゃぞ! 妖精ひねりつぶしたら、後味悪いぞ!」
「後味ぐらいなに。いま最高に気分悪いの」
「──待て、話は最後まで聞かぬか!」
 妖精は慌てて両手を突き出した。まさに妖精をひねろうとしていたソニアは、唇を尖らせながらも聞いてやることにする。
 椅子を引き、音をたてて座ると、腕を組んだ。
「手短にね」
「そもそもわしは、人間の願いを叶える妖精なのじゃ。貴様の願いを叶えようと、こうして出て来た。美人なおなごに弱いのでな。ささ、願いごとを申せ」
「特にないわ。すでに世界一美人だし」
 妖精は、大仰な仕草で首を左右に振った。大きくため息を吐き出す。
「確かに、美しい。しかし、おされがなあ……」
 ソニアは眉間に皺を寄せ、妖精を睨みつけた。今度こそひねりつぶそうと、手を伸ばす。
「待て待て、では、こうしよう──貴様に欠落しているおされ、わしが補ってやろう。それさえ加われば、そなたの美は完璧じゃ」
「タダで?」
「タダで」
 ソニアは、足を組んで、数秒の間思案した。どう聞いても胡散臭い。が、やってくれるというのならば、やってもらおうじゃないかという気持ちが勝った。おしゃれが足りないというのならば補ってもらい、気に入らなければせいぜいなじって、それからひねっても遅くはない。
「じゃ、お願い」
「いいじゃろう」
 満足げに笑って、妖精は両手をかかげた。淡い光が、両の手を包む。
「──ほんじゃかまかまかぴたりか、ほあ!」
 冗談みたいな呪文と共に、光が弾けた。
 ソニアは思わず目を閉じて──


 ──次に開けたときには、妖精の姿はなかった。
 代わりに、蘇る喧噪。自分と妖精以外、だれもいなかった教室に、数人のクラスメイト。放課後の、いつもの教室だ。
 ソニアは、ゆっくりをまばたきをした。白昼夢でも見たのだろうか。
 妖精とのやりとりを思い出し、慌ててスクールバッグを下ろすと、サイドポケットからハンドミラーを取り出した。おしゃれがどうの、といっていたはずだ。何が変わったというのだろう。
 小さな鏡で、注意深く全身を見る。いつもの制服、自慢の長い髪。すました唇、大きな目。さすがに後ろ姿までは確認できないが、こうして見る限りでは、いつもの自分そのままだ。
 やはり、夢でも見たのだろうか。ばかばかしい、と首を振り、もう一度バッグを持つ。
「あ、吉永さん。さよなら」
 クラスメイトの男子が、そう声をかけてきた。医者の息子。笑顔を振る舞うべきだと瞬時に判断し、ソニアは最上級の笑みを見せる。
「ええ、さよなら」
「────うわ!」
 顔を赤らめて照れるはずの男子が、目を見開いてのけぞった。ソニアを指さして、叫ぶ。
「吉永さん、は、歯が……!」
「……は? ──!」
 二度まばたきをして、ソニアは気づいた。もう一度、ハンドミラーを取り出す。
 口を開けて、歯を、映した。
 ソニアは、声にならない悲鳴をあげた。
  白く美しいはずの彼女の歯は、すべて、黒々と鈍く輝いていた。

「なんと見事なお歯黒。女性のおされは、こうでなくてはのう」
 遠のく意識の片隅に、妖精の誇らしげな声が響いた。

 
 
 
 
 



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青蛙さま宅、black one festival の応援用SSです。
黒いものに関するイラスト&SSで盛り上がろうというお祭り。

黒いもの=お歯黒というオチでした。